━━━━━周囲に広がるのは、青、青、そして青。 陸の世界とは隣合わせでありながら、それは決して長くは見ることが出来ない光景。 青空とはまた違う…淡く波を打つ青色に、心を奪われる。 神様の力を借りて、エアリーと大聖は海の中へやってきた。 今、2人が目にしている光景は、一生にたった一度、見れるか見れないかの景色。 水の中にある沢山の街、沢山の建物、沢山の家。 そして…、本来出会うことはあり得ないと言われる程の、人々。 陸の世界と海の世界とでは、住む種族も文化も異なるというのは、このことなのだろう。 広大かつ神秘的な海の世界を見て、2人はただ…感動していた。 「海の世界に来るなんて、陸の人からしてみれば滅多にないわ。  じっくり眺めながら行きましょうよ!」 「実際には…、そんな場合ではないんだけどな。」 大聖の背中を軽く押し、前に進ませようとしながらエアリーが話す。 本当なら、早いところ異変を探って解決させるべきなのだが…。 美しい光景。それを見たエアリーの満点の笑顔。大聖もまた…、フッと笑った。 2人で顔を見合わせ、笑い合うと…並んで海の街へと進んでいった━━━━━。 『うみ』 ━━━━━先へ進み、やがて大都市の如く大きな街へと入っていった。 海の世界での地面の役目をする砂の上に立ち、街の中を歩く体勢を取る。 砂の地に足を付き、まずは街中の様子を観察してみると、 人々は皆、歩いたり水中を泳いだりと様々な移動方法を取っていた。 「水中ということもあって、陸と空の境がないのかしら。  見て!砂の上を歩いてる人もいれば、浮かび上がって泳いでる人もいるわ!」 「あぁ、そうだな…。それに、違うのは人々だけではない。  建物には扉と階段がない。…これも、海の世界ならではだろう。」 「あら!本当だわ!…階段が必要ないのは見ればすぐにわかるわね。扉がないのは、なんでかしら?」 「水圧のせいで、開けようと思っても開かないからな。  もしこの世界のドアがあるとすれば、蓋になりそうだ。」 「あぁ、成程!確かに、水中でも蓋は力があれば開けられるわね。」 初めて見る水中の街並みを眺めながら、2人は興味津々な様子で話した。 エアリーが話した通り、人々は歩いているものだけではなく、海面に近い位置で泳いでいる者もいる。 大聖が話した通り、建物には扉や階段という、ニ階建以上の建造物に必ずあるものがない。 重力に囚われやすい陸の世界とは違い、海の世界は水が全域を占める。 その水の中で泳ぎさえすれば、上にも下にも行くことが出来るため、それらは必要がないのだろう。 初めてみる海の世界に感動しながらも、陸と海の違いを探すことで文化の違いを知る。 一生に一度入るか入らないかの地域のことを知るにあたって、今は絶好の機会なのだ。 「でも、見るだけじゃあなんか勿体ないわねぇ。  せっかくだから、この海の世界の誰かも従業員になってくれたらなぁ…。」 「おいおい、それは少し無茶じゃないか?」 「…やっぱり?」 「あぁ。俺達が水の中に長時間いられないのと同様に、  水の世界の者も長時間いられないと、井守が話していたろう?」 「あれ?でも井守、そのとき近くに水辺があればなんとかならなくもないって言ってなかった?」 「そうだったか?」 「えぇ。確かに井守はそんな感じのことを言ってたわ。」 「そんな感じのことって…。あやふやだなぁ。」 少しうっとりした様子でエアリーが言うと、大聖が首を傾げた。 悩ましそうな顔で言う大聖の返事に、エアリーは予測していたのかそう返した。 ………この海に着く前に、井守が教えてくれたこと。 それは、陸の者は海で過ごすことは難しく、海の者は陸で過ごすこともまた難しいということ。 陸の者が海で溺れ、海の者が陸で干上がる姿は、即座に浮かび上がる。 異なる国の者同士の同居は可能でも、異なる世界の者同士は不可能に近い。 陸と海の者の出会いは本来はあり得ないことなのだ。 犬や猫が鯨やアザラシには会えないし、鳩やカブトムシが烏賊や海老には会えない。 それが、今のように可能になろうとしているのは、 すべての常識を覆す、バイメンという神様がいてこそだ。 いかにも「無理だろう。」と言いたげな大聖の顔を、エアリーがジッと見る。 その後、再び前を向いたかと思えば…、大きな溜息をつく。 「じゃあさ、それが出来なくとも陸と海、両方の世界で取引とが出来ないかなぁ?  同じ場所で働くのが無理なら、せめてそういうのはほしいなぁー。」 「だからなぁ、異なる世界の者にそういうことを持ちかけるのは、無茶なんだぞ。  お前のその熱意はわからなくもないが…。」 …海での探検を探検で終わらせたくないのか、エアリーが提案すると、 それに対しても大聖は首を横に振り、少し呆れた様子で返した。 「…エアリー。今目の前にある者を見て将来のことを考えることを悪いとは言わないが、  今は…老師様が話したことを優先させよう。  もともと、俺達がこうやって海の中で歩いているのは、老師様…バイメンのおかげなんだぞ?  老師様の魔法の効果もいつまで続くかわからないんだし、少し急ごう。」 「そうね。でも、バイメンは海で何が起こったって話してたっけ?」 「老師様は………『海の方でも何やら物騒なことが起こっとる』と言っていたが…。」 「その詳しいことは、話してくれなかったのね。」 「だな。その詳しいことは俺達が探れということだ。」 …先程から、海の中の街を見ては仕事の将来的なことを話してばかりだ。 それに見兼ねたのか、大聖が喝を入れるように話す。 どうなるかわかりもしない先のことばかりを考えず、 少しは前を見ろと怒れば、エアリーもそれに頷く。 自分が今目の前にある現実を見ていないと怒られたエアリーは、 大聖の言うことを素直に聞くも…。 「その物騒なことの詳細は、ここの人達なら知ってるのかしらね?」 「出来ることとしては…、片っ端から声をかけてみるしかなさそうだな…。」 エアリーが首を傾げながら話すと、大聖が少し遠慮がちに答えた。 大聖の様子を見て、エアリーは顔を覗かせる。 「大聖…、そういえば微妙に人見知りなんだっけか?」 「…余計なお世話だ。ここは海。あくまで陸の者である俺のことを知るものは、誰もいない。」 エアリーが困ったように笑うと、大聖が仏頂面で俯き、返した。 ………その後、視界に入った人に、片っ端から聞き込み調査を開始した。 聞くにあたり、相手から帰ってくる反応は、 『あんた、陸から来たのか!!?』 『あなた達、この海の人じゃないわね。陸の人達でしょ?』 『その肌の色、生物の部位がどこにもついてない身体。…陸の人間で間違いないのぅ。』 「………ここの人達からしてみても、わたし達は珍しい存在なのね。」 「………だろうな。」 自分達を陸の者と信じて疑わない、驚愕の顔だった。 …ただ、街ゆく人に聞いた際の共通の反応として、気になることを見つけた。 ━━━━━海の者達は、陸の者だとわかれば皆嫌悪感を含ませた顔をした。 ………それをあまり表に出さなかった者もいれば、露骨に出した者と様々ではあったが。 「………ねぇ、大聖。」 「………なんだ?」 「わたし達陸の人が来るのは…、海の人達にとっては嫌なのかしら?」 「理由はわからないが、…少なくとも、快くは思っていないだろうな。」 聞き込み調査をある程度行ったところで、2人は同じ方向を見て話す。 隣合わせで街の外壁に座り込み、途方に暮れたように…小さく呟いた。 深く傷つくことはなかったものの、2人は…落ち込んでいた。 嫌そうな顔をされたなら、この海で起こっている物騒なことに関しても、誰も教えてくれなかった。 水の音だけが響き、人の声がそれにかき消される。 暫くの間、静寂だけがあたりを包む。 ━━━━━違う世界に飛び込むということは、よくも悪くもこういうものなのだろう。 自分達だけが違うという、違和感、疎外感、そして…取り残された感じ。 その3つが2人の脳を、心を支配し、…満たされないモノにしてしまう。 陸の世界にいたときは、まったく気にしていなかったことを、 この海の世界に入ったことで気付き、…気にしてしまう。 「………。」 沈黙が続く。 何も言わずに、ジッと考えてから…エアリーが口を開く。 「でも、異国から来た人はわたし達の方なんだし、ある程度は仕方ないんじゃない?」 海の人々に向けられる冷たい視線を気にすることなく、 それを承知したうえで掟を守り、過ごせばいいと開き直った。 密かに胸を張りながらいうエアリーに、大聖は密かに驚く。 とはいえ、エアリーの言う通りだった。冷たい視線をいちいち気にしていたら…。 「…老師様の言っていた騒動が、解決出来ないな。」 「でしょ?」 見知らぬ者が自分を冷たい視線で見ようとも、エアリーが自分を認めてくれるなら。 大聖はそれほど不安になることはなく、頷いた。 ………。 ………街の奥の方に、大きな館のような建物が薄らと見える。 その館を、まだ今は帰るべきではないと見つめてから、館に背を向ける。 その人物の背中には、天使のように翼…に代わるような背鰭が生えていた。 紺色をしたそれが動けば、起こる水圧で周辺の砂が巻き上がる。 暫く聞き込み調査をしていると、エアリーはその人物を見つけた。 これほど青々とした海の中でもよくわかる紺の髪が目に飛び込む。 「………っ!?おいっ!エアリー!?」 大聖が待てと言っても、エアリーはそれを無視してその人物の方へ向かった。 エアリーが自分の方へ近づく気配に気付き、その人物も顔を上げた。 顔を上げると、海の色に近いエメラルド色の眼が射抜くように見る。 青に包まれる海の中でも、その人物は一際存在感を放っていた。 「エアリーッ!!おい、待てったら!!」 「大聖…、あの人見て…!!」 勝手にその人物へ向かうエアリーの後を、大聖が慌てて追いかける。 自分を呼ぶ大聖の声に気付くと、エアリーが一度大聖の方を向き直り、その人物に指を差す。 エアリーが自分を見つけたことを考えてか、その人物は2人の方へ近づいてくる。 惹かれるままに近づくエアリー、それを見て戸惑う大聖に、 その人物は…他の海の住民とは異なり、陸からの訪問者に何も動じずに話しかける。 「━━━━━あなた達は、陸の方ですね?」 「…?俺達に、何も思わないのか?」 目を細め、口元を僅かに緩ませて言ったその台詞に、大聖はキョトンとする。 その人物…彼は、陸の者だと言っても自分達に冷たい視線を送ることはしなかったのだ。 少し固まる大聖を見て、彼は小さく頷いてこう説明する。 「えぇ、特に何も思いませんよ。確かに、陸の方々であるあなた達がこの海に侵入すること。  それ自体は…こちらからしてみればよく思わない行為です。  けれど、侵入はしてもまだ手は出しておられないのでしょう?」 「手を出していないって…、まぁ、ここの者達にあることで聞き込み調査をしていただけだが…。」 「それだけで気分を損ねるというものも、如何なものかと思いますね…。」 説明しただけではなく、大聖の台詞にも親切に返した。 それを受けた大聖だけではなく、エアリーも力が抜けたのか肩を落とす。 それで、笑顔で大聖の背中を『ポンッ。』と叩く。 「ほらぁ、話していけば見つけられたじゃない!  敬遠する中で、わたし達を受け入れてくれる貴重な存在がね!  このお兄さん、優しそうだし一発で惹きつけられたわ!」 「惹きつけられたって…そりゃあ、態度は他の者とは違うが…。」 「彼等は、陸の方は陸の方でこの海に恩恵を与えてくれていることを知らないのでしょう。  申し訳ございません。…尤も、あなた達がこの海に手を出すならそれまでですが…。」 「あぁ、何もあなたが謝ることないのよ。気にしないで。」 エアリーが嬉しそうに言えば、大聖は何かが引っ掛かるのかぎこちない様子で返す。 そんな大聖の台詞を聞き、彼は困った顔をして返した。 エアリーが、それに対し気にしなくていいと言った後に、本題に切り替える。 「あ!ねぇ、ところでお兄さん!」 「なんでしょう?」 「わたし達が陸の人だってわかったのはいいとして…。  この海で起こった出来事のこととか、何か聞いてない?」 「出来ごと、ですか?」 「えぇ。わたし達の知り合いがね、この海で物騒なことが起こってるって言ってたの。」 「陸におられる、あなた方のお知り合いがですか?」 「一応、引き受けた者としては投げ出すことなんて出来ないからな…。  その頼んだ者も陸の者とはいえ、頼みを断るわけにはいかない。」 「…その依頼を受けて、この海にやってきたということですね?」 「あぁ、その通りだ。お前は、その出来ごとに関してのことを知らないだろうか?」 「それに関する詳細ですか…。」 エアリーと大聖が、海のやってきた理由と用件を話せば、 彼は右親指を顎に当て、館の方を見つめながら考え込んだ。 そのままほんの少しの時間が立ち、その仕草をやめたところで、彼はこう伝える。 「そういうことなら、あの館の者達なら知っているかもしれませんね。」 「館…?あの向こうの方に薄らと見えるあれのこと?」 「そうです。あの館は、海の世界の役所のような場所ですから。  何が起こったのかの多くは、あの館に集結しますしね。」 「そうか、なら行ってみることにしよう。…で、あの館は一体なんなんだ?」 「あの館は…。」 彼が提案すると、エアリーと大聖も館の方を向いて頷く。 大聖の問いかけを流すことなく、彼は丁寧に説明する。 「あの館はオクトラーケンという、かつて存在していた貴族の末裔が住む場所です。  主である貴族をはじめ、あの館に足を運ぶ人達は多いので、  彼等を通して情報を集めている、というところですね。」 「なら、その情報の中に、騒動に関することもあるかもしれないってこと?」 「はい、おっしゃる通りです。ちなみに、おれ自身は詳しいことは知りません………。  なので、もしよろしければあの館に行ってみてはどうでしょうか?  あの館に住んでいる人達は、陸にも興味があるというお話ですしね。」 「本当っ!?」 「えぇ。彼等は他の人々とは違い、  陸の者が来たからといってそう気を悪くすることはありません。  かくいうおれも………━━━━━。…失礼、余計なことを言いかけました。」 「そう、なのか…?」 ………こいつ、今何か言おうとしてなかったか………? 説明そのものはありがたいものの、最後に言いかけた台詞に大聖は眉を寄せる。 ここで表情の変えた大聖を彼は見逃さない、大聖の方を向き、 視線を合わせてはニッコリと笑って話す。 「『こいつ、今何を言おうとした?』………ですか?」 「………っ!!?」 これまで話した際に見せた笑みを変わらないものを見せたまま、大聖の本音を見抜いて話す。 まさか、顔の変化だけで本心まで見抜かれるとは思わない、大聖はギョッとした。 それで、驚いた後もまだ疑う大聖を、エアリーが笑いながら話すことによって宥める。 「気にしない気にしない!失言しかけたことなんて、誰でもあるでしょ!  それに、それに気付いて自分で止めたっていうのは見習うべきところよ!」 「………う、うーん………。まぁ、殺伐としてるのよりかはいいか………。」 その笑みを見て、大聖も気にしまいと首を横に振った。 その大聖の腕を掴み、エアリーはガッツポーズを取り、決心する。 「よし!じゃあ目的地はあの館ね!そうとなったら大聖、早く行くわよ!」 「えっ?おっ…おい!それはそうだがそんないきなり…!」 「お気をつけていってらっしゃいませ。…にしても、仲がよろしいですね。」 「まぁね!なんだかんだいって悪くないしねー!」 「あのなぁ、エアリー…。」 大聖の腕を引っ張り、勢いに乗った状態で館に向かわんというエアリーを見て、 大聖が慌てて進行方向を変え、エアリーに引っ張られるように行く。 それを見ていた彼は、2人に軽く右腕を上げて挨拶をして、笑いながら見送ってあげていた。 「じゃあね!ありがとう素敵なお兄さんっ!行ってくるね!」 「えぇ、行ってらっしゃい。」 この挨拶を最後に、2人と彼は言葉を交わさなくなった。 ………2人がこの場から去った後のこと。 彼は、2人とのやりとりでは見せなかった武器を取り出し、それをジッと眺めた。 この海どころか、この世界全体でもまず見ないその武器…兵器を右腕に装着し、その砲口を…館の先へ向けた。 「………要は、あの2人のうち、純人間の方を殺せと言っているのだろうな。」 この兵器を貰う前の出来ごと。そのときに頼まれた、残酷なこと。 自分は決して人間を喰いはしないが、その殺害がためになるなら本望だ。 いや…ためになるとはいっても、自分に頼んだあの2人のために行うためではない。 この海にある、オクトラーケンの主を守るためだ。 エアリーと大聖が自分に聞いた騒動の原因は、実はもう………。 「………あのお方が望むなら。」 覚悟は決めている。いずれ自分が怒りの矛先を向けられようとも。 主が望むなら、自分が傷ついても構わない。 あの2人が館に向かったように、後に自分も帰るべき場所へ帰る。 館から通じる、暗い…暗い場所まで引き摺り込む。 暗闇に封印されているエネルギーを、今解放しろ。 「お嬢様の敵となる者は、このおれがすべて倒す━━━━━っ!!!!」 鋭い目つきで告げたとき、砲口が鈍く光った━━━━━。 『E-02 やかた』に続く。