「━━━━━連れてきました、シェリー様。」 「あら、丁度よかったですわ。」 エアリー、大聖、そしてシェリーの3人がえっけんの間で話し終わった頃、 館のどこかにいるクラインとオタリを連れてきてほしいと、 頼まれたプティが、その2人をを引き連れて間にもどってきた。 「さぁ、クラインさん。オタリさん。お嬢様がお呼びですよ。早くこちらで。」 「…あたしは、まだ眠いんだけどねぇ。」 「うぅ…。」 プティが2人に頼むと、オタリと呼ばれた老婆は…寝起きなのか眠たそうに目を擦り、 少しふらふらとした足取りで間の中で入っていった。 そんなオタリとは対照的に、クラインと呼ばれた少女はというと…、 入り口の壁から、エアリーと大聖を覗き込むように見ては、ブルブル震えていた。 …クラインを知る者達からすれば、このような様子はよくあることだった。 「…クライン。そのお2人は決して恐ろしいお方でがありませんわ。  怖がらないでよろしいから、入ってきて下さいな。」 「お…お嬢様…。」 1人、中々入ってこないクラインを見て、シェリーが長い腕を伸ばし、 大きな手で手招きをしながら言うと、クラインも…怯えようを残しながらではあったが、 主であるシェリーが言うのなら、と間の中へ入っていく。 眠たそうにしているオタリの肥満型の身体の影に隠れ、 エアリーと大聖を遠ざけるように立っていた。 「…わたし達って、そんなに珍しいのかな…。」 「そりゃそうだろう…。陸の者が、この海の中で平然と立っている光景なんてそうないぞ。」 いかにも気が弱いですと言っているような、かよわく…弱弱しいその様子。 それを少しだけ眺めると、エアリーは思わず感じたことを呟いてしまう。 そんなエアリーの何気ない一言に、大聖が軽く叱る。 プティ、クライン、そしてオタリ。 プロンジェという人物を除いた者達が集まったのを、シェリーが確認する。 1人1人の顔ぶれをチェックし、揃っていることを再確認すると、本題に移る。 「さて…、これで全員揃いましたわね。  では、早速ですが、あたくし自身を含めたここにおりますお方達に、  特別なお仕事を与えます━━━━━。」 『どうめい』 ━━━━━あたくしと、そちらの金色の髪の女性は深海の熱水マントルへ。 あたくし達を除いた方々は…プロンジェを探し出してほしいのです。 「…?二手に分かれるのですか?お嬢様。」 「えぇ…。なんせこの中で深海へ入ることが出来るのは、あたくしだけでしょう。  深海の様子はあたくしとその女性が見に行きますから、  あなた達はプロンジェを探してほしいの。」 えっけんの間の小さい階段を降り、皆と同じ高さの床に立つ。 近づいてくるシェリーにプティが疑問を述べると、シェリーはそう付け足す。 そのまま歩いてくるかと思うと…シェリーは大聖の方へやってくる。 「…?シェリー、俺が何か?」 「いえ、そういえば…あなた方のお名前をまだ聞いておりませんと思いまして。」 「それもそうだな。俺は大聖、そっちの人間はエアリーという。」 「ちょっと大聖。そこはわたしに自己紹介をさせてよ…。」 「今は呑気なことを言ってる場合ではないだろう…。」 確かに、まだ名前を教えていなかった。 それを、シェリーがこのタイミングで聞き、名前を教えてもらったもの計画なのだろうか。 あちらこちらの散らばっていた住民達を一ヶ所に集めされたうえで行った方が、効率がいい。 シェリーの問いかけに、大聖が手短に答える。 …それで、シェリーは大聖をジロジロと眺める。 「…一体、俺に何があるというんだ?」 「いえ…、あの人、プロンジェは手強いですからね。  万が一、そのプロンジェと戦わなければならないというケースがあります。  今ここにはおられないあたくしのプロンジェに…、何が起こったかなどわかりませんから。」 「それで、大聖にその人を探しに行かせるのね?」 「えぇ、そうです。大聖…と言いましたか。  あなたは見た限り戦いにおいて腕の立つようですしね。」 「それを、見ただけでわかるのか?」 「その引き締まった身体と密かに持っている棍を見れば、すぐにわかりますわ。  彼…プロンジェもまた、武器をお持ちですから。」 「武器…!!」 目を細め、大聖を観察しながらシェリーは予測を立てる。 シェリーが大聖にプロンジェの捜索を頼むのは、 その武器を持つ者でなければ止められないという理由からだった。 ここにやってきたばかりのエアリーと大聖には、 そのプロンジェという者がどれほどの実力の持ち主なのかは知ったことではないが…。 プロンジェも、武器を持っている。そして、その彼と戦わなければならないかもしれない。 それを聞いたエアリーは…、密かに嫌な予感がした。 あのときの…、倭国で大聖が宮守と戦ったときの二の舞になるかもしれないと思ったから…。 しかし…、そういう戦いを任せられるのは、大聖だけだ………。 とはいえ、陸のみにならず海でも武器が愛用されているというなら、話は早い。 ここでこのことを話すのもなんだが、話すなら今しかないと考え、 エアリーは…、思い切って言ってみることにした。 「ね、ねぇシェリー。それと、ここの皆も。」 「はい、なんでしょうか?」 「この場で言うのは場違いな気もするってことはわかってるけど…。  わたしはね、陸で武器屋をしてるの。」 「あらまぁ、あなたが?」 「えぇ、それでね。一旦そのお店を占めて、一緒に働いてくれる人を探しているの。  現時点で、一緒に働くって言ってくれた人もいるわ。  でも、まだまだ数が足りなくて………━━━━━。」 「━━━━━………おい、エアリー!」 役割分担をしたなら、早速向かうべきだと言う大聖が、 少し顔をしかめてエアリーの腕を引っ張る。 この場で話し始めたエアリーに気付き、無茶なことを頼む気かと待ったをかける。 「何度も言っているだろう!海の世界の者に、陸で働かないかと誘うのは無茶だと!!  陸の者と海の者が同じ場所で、今共存出来ているのは、老…知り合いがくれた力があってこそなんだぞ!!  それを無しに、一体どうやって一緒にいろというんだ!!  海の者が陸に上がると、水分が抜け、干上がって死んでしまうんだぞ!!」 「うっ…、うーん…。やっぱり難しい、かな…。」 「難しいどころか命に危険性が及ぶぞ。この海でそのことを話すのはよした方がいい。」 無謀なことに等しいことを誘い始めたエアリーを見て、大聖は少し悲しそうな顔をして返した。 海の者達からすれば、理不尽な要求とも言えるエアリーの誘い…。 エアリーの希望を知る大聖は、その希望を叶わぬモノにさせたくないという気持ちもある。 いや…、今回の拒否は寧ろそれあっての話だ…。 大聖はうすうす思っていた。別世界の者に関与してはならない、と………。 同じ星に住もうが、所詮世界は陸と海、そして……に分かれているのだから。 関与しようとなれば、保たれていたバランスが崩され、 正常でいられなくなる可能性がどんな者にもあるからだ。 エアリーが自分の夢を叶えるために海の者を誘い、集団の中に入れることで、 そのバランスを崩し、間接的な破壊・中傷といった結果を生み出す。 喪失ならまだしも、崩壊を招くことはしたくないものだ………。 このオクトラーケン一家の誰かを誘おうというエアリーを、大聖が止めた。 それでも、どこか気が済まないのか…エアリーは落ち込んで肩を落としていた。 ━━━━━陸の者が海に入る。そんなことは…本当なら夢物語で終わっている。 その夢を叶え、維持居続けたいなんてわがままは、………考えていいものではない。 落胆しているエアリーと、それを複雑そうに見ている大聖。 2人の…それぞれの想いを、この場にいるシェリーだけが把握した。 異世界の者同士だからこそ、交流を続けたいエアリーと。 異世界の者同士だからこそ、交流を断つべきだという大聖と。 ………この2人は、まったく正反対の気持ちを抱いている。 「あたくしとしては、互いに許容範囲を守りながら行っていけばよろしいと思いますわ。」 「………え?」 言い争いをしていた2人の様子を眺め、シェリーがポツリと呟いた。 「あなた方にこの館のことをお教えしました方もおっしゃいましたかもしれませんけれど、  …このオクトラーケン一家の皆はちょっと特殊で、  陸の世界にも興味を抱いておられる方もいますわ。」 「ここの人達が、わたし達の世界に…?」 「えぇ。ときどき、陸の世界のお話や文化に触れたいとお思いになられます。  それは…、今ここにはいないプロンジェは、陸の世界を見たことがありますの。」 「えっ…!!?し、しかしそのプロンジェはここの住民なんだろう…!!?」 「えぇ。でも…海の人達の全員が、水に浸かっていなければ生きてはいけないということではありません。」 ………海の者が、陸へ行くことに憧れを抱いているというのか。 確かに、生物の多くは海から生まれ、水の中で陸への進出を目指し、 陸へ進出したその後に…、身体の構造を変えていき、 やがて陸の生物が現れたという話がある………。 ならば、海の世界にいる者達はそれが今も叶わず、海に居続けているまま、 生物の進化とともに新たな種族へと進化したということだろうか………。 「………あの人は言っておられました。かつては陸の者達もこの海に住んでいたと。  今は陸と海に世界が分かれておられる、けれど、かつては………1つだったと。」 「………。」 それは、少なからず異世界の者同士が共存出来ないわけではないことが言える。 だからといって、この館の住民の中では最も幼いクラインを…、陸へ送り出してもいいものか。 シェリーが慎重な様子でそのことを話してから、クラインの方を向き直る。 「クライン…、あなたはどう?その陸の世界へ…行ってみたいと思う?」 「ワ、ワタシが決める…ですか?」 「あたくし達や陸のお2人からは、誘うことは出来ても決めることは出来ませんから。」 クラインの目の前にしゃがみ込み、シェリーが尋ねるが…。 クラインは、オロオロしながら酷く混乱していた。 …気の弱いクラインからしてみれば、 なぜ自分が誘われなければならないのか、という気持ちがあった。 他の4人とは違い、自分にはそのような社会経験などはない。 そのうえ…、クラインの年齢は働いてみるにしても、幼すぎる年齢だ。 そんな自分が、陸なんかに行って働いてもいいのだろうか。クラインは…、悩んでいた。 …自分の知らない世界に身を投じ、行動するということは、 クラインにとってはかなり重大なことだった。 重大なことに…、怖がりなクラインが即座に決断出来るわけがない…。 その様子を見て、エアリーはクラインの頭を撫でながら話す。 「…すぐに決断を出す必要はどこにもないわ。  自分自身が落ち着いたと思ったときに、ゆっくり決めるといいのよ。」 「………………はいぃ………………。」 笑いながら、優しくそういうエアリーの顔を見て、 クラインも少し安心したのか…、小さい声で頷いた。 両手をキュッ…と握りしめ、胸元に当てるクラインに、エアリーも無言で頷いた。 急がせまいとクラインに話せば、エアリーは再びシェリーと大聖の方を向く。 「ごめんね。急がなきゃならないのに、時間を割いちゃって。」 「いえ、お構いなく。」 「その…、まぁ…、そのことを話すなら、今くらいしかなさそうだったからな…。」 早く、それぞれの目的に応じて分散行動を始めなければならないというのに…。 こんなときに、自分の旅の目的を話すとは…、 皆の行動の邪魔をしたと思われても、仕方のないことかもしれない。 それでも、自分が今の旅を続けている目的と意思は…、ここの人達には話しておきたかった。 エアリーが頭を下げて謝ると、シェリーは首を左右に振り、 大聖は、人差し指で頬を掻きながらしどろもどろに返した。 2人と主に話し終わったところで、エアリーも首を左右に強く振った。 首を強く振れば、目つきをキリッとさせて皆の方を見る。 「…と、話はここまでにして、そうと決まれば早く行動に移りましょう!」 「そうですわね…。」 決心の一言を述べれば、皆も頷いた。 すると、そのとき━━━━━。 『ゴボボボボボボッ………。』 ━━━━━暗闇の奥底で、泡立つような…鈍い音が聞こえた。 この音を、シェリーは聞き逃さなかった。 えっけんの間の、椅子の背後の壁の奥から聞こえてきたそれに、 ハッと表情を険しくして反応し、振り返る。 音の鳴った方へ、プティも慌てて駆け寄った。 「お嬢様…、今の音は一体なんでしょう…?」 「この館の奥から…、深海に通じる場所から聞こえてきましたわね…。」 プティが恐る恐る訪ねると、シェリーも強張った様子で呟いた。 …どこで、何が起こったのかはわからないが、確かに聞こえたその音に、全員が息を呑む。 「あまり、のんびり話しておる暇はなさそうです、お嬢様。」 「そうですわね。皆様、早く行動にお移りしましょう!」 「了解!」「………。」 オタリがゆっくり腕を回しながら、準備運動なるものをしながら言えば、シェリーも同意だと頷く。 シェリーが皆に与えた指示と合図で、プティが声を上げ、クラインはと言うと…ブルブルと震えていた。 オクトラーケンの者達と同様に、エアリーと大聖も顔を見合わせ、頷いた。 ………。 「━━━━━すまないな、案内を押しつけてしまって…。」 「いえ、とんでもございません。なんせここは、拙者達の世界ですから。」 それから、エアリーとシェリーの深海組、大聖、プティ、クライン、 そしてオタリのプロンジェ捜索組とに分かれ、館を出た。 二手に分かれた別行動ということで、案内は海の住民に頼わざるを得ない。 3人のオクトラーケンの住民と共に、大聖はプロンジェという青年を探していた。 自分とエアリーが、ここに来る前に出会ったあの人物と同一だとしたなら…、 …大聖は、妙な違和感を覚えていた。 ━━━━━もし、エアリーが言っていた通り、あいつがプロンジェだとしたなら、 彼はなぜ館へ戻らなかったのだろうか? …館に戻るということを後回しにしてしまう程の、特別な事情があったのか? プティに連れられるがまま、大聖は何かがおかしいと腕を組んで考え始めた。 3人が縦横無尽に泳ぎ回っているのを見て、大聖だけは1人で推理を始めている。 大聖の動きが止まっていることに気付いたオタリが、大聖に近づく。 「…おい、大聖とやら。」 「…ん?」 「お前…、ここでずっと腕組んでばっかじゃよ?何か気になることでもあったのかい?」 「………。」 困った顔でオタリが話すと、大聖が『気になること…。』と呟いて俯く。 ほんの少しだけ黙り込んだかと思うと、すぐに顔を上げてオタリの方を見つめた。 「なぁ、オタリ。ちょっといいだろうか?」 「ん?なんじゃ?」 「そのプロンジェという奴は、一体どんな奴なんだ?  いや…、一応言っておくが、俺が知りたいのは見た目のことじゃないぞ。」 「おぉ、そうじゃったの。お前には、まだ見た目しか教えてなかったのぅ。」 大聖が尋ねると、オタリが手の平に握りこぶしをポンッとおいて、閃いたかのような明るい顔をする。 それで、そのプロンジェを探すなら知っておけと言わんばかりに、説明を始める。 「プロンジェは、あたしらオクトラーケン一家の1人で、大黒柱じゃよ。」 「大黒柱?それは…主であるシェリーじゃないのか?」 「何を言うか。大黒柱と言ったら、家庭を支える男のことを指すじゃろう?」 「ん?…あぁ、それもそうだな…。それで、他には何かあるのか?」 「他には…そうじゃな。シェリーお嬢様に仕える者としては、彼女の右腕として動いておる。  そんなプロンジェに…、お嬢様は恋をしておられるんじゃ…。」 「恋!!?それはつまり、シェリーはプロンジェを…!!」 「あぁ…。それで、プロンジェが姿を消してからは、  お嬢様は元気のない毎日を過ごしていらっしゃる…。」 「それで、シェリーはあんなにプロンジェのことを心配してたのか…。」 オタリが悲しそうな顔をして話すのを聞き、大聖も頷いた。 シェリーのあの様子に加え、オタリのこの心配よう。 「…そのプロンジェは、館の者達からは慕われてるようだな。」 「そうじゃとも。プロンジェは強く優しい心の持ち主。  鯨人という、海の世界において頂点の種族でありながらも…、野性を知らんような奴じゃからのう。」 「鯨人?海の世界においての頂点の種族?」 「そうじゃ!鯨人は、海の世界はおろかこの世界全体において、敵はおらんと言われとるくらいじゃ!  要は、力もあれば知恵もあり、知恵もあれば心もある!  人間と生物の混合種族でありながら、神々や怪物に匹敵する程の生命(いのち)と心の持ち主…。」 「………。」 ━━━━━そんな種族の奴を探させるにあたって、 シェリーが俺に探索をさせているのは、それがあってのことなのだろうか…。 「あぁ、そうじゃ。ちなみに…神々や怪物に匹敵する程の命と心という部分は、  プロンジェの種族だけではなく、お嬢様の種族も同じじゃ。」 「ならば、その2人の種族が、海の世界においてのニ大種族だということか?」 「おや、鋭いのう。そうじゃよ、なんせ…この2種族は昔から因縁もあるという話じゃからの。」 ━━━━━自分の種族と因縁のある種族でありながらも、 シェリーはプロンジェに恋心を抱いているということなのか…? 俺には、少し信じがたい話だ…。 オタリの説明内容の一部を疑うも、その2人を知るオタリのいうことに、耳を傾ける。 …となれば、そのプロンジェと対峙する場合、一筋縄ではいかないかもしれない。 大聖が右親指を顎に当て、海面を見上げると………。 『━━━━━ブシュウウウウゥゥゥゥゥゥゥッ…!!!!!』 「━━━━━っ!!!?」 地下から海面にかけて、勢いよく水が噴き出し、それが空へと噴き上がっていった。 空中へ噴き上がったそれは、引力によって引き込まれると、 水面に向かって落下し、叩きつけられるように水しぶきをあげ、大きな波紋をつくった。 「━━━━━な…なんだ!!?今のはっ!!?」 「…っ!!こ、こりゃっ!!大聖!!待つんじゃ!!」 水中にいても、その勢いと威力がわかるくらいだった。 水圧は近くにいた大聖とオタリを撥ね退け、大きな間欠泉となって宙へ舞い上がったのだから………。 『E-05 かくせい』に続く。