「え…!?」 シェリーが叫んだ名前を聞き、エアリーも驚愕の声をあげた。 真っ暗である深海の向こうを見渡すことは出来ないが、 そのプロンジェを知るシェリーが叫んだのなら、間違いないということだろう。 熱水マントルの手前で取り残された2人が追いかける間もなく、 プロンジェは、海面に向かって急上昇した━━━━━。 『ぶそう』 『━━━━━ブシュウウウウウウウゥゥゥゥゥッ…!!!!』 『ザバアアアアァァァァァンッ…!!!!』 「━━━━━なんだっ!!?」 その頃、海面付近を捜索していた大聖、プティ、クライン、そしてオタリの4人が目にした。 深海の底から海面に向かって、勢いよく噴き出した間欠泉。 これが空高くまで舞い上がり、重力に逆らえなくなったところで津波となって落下する。 海面に打たれたそれは、大きな音を立てて水飛沫をあげる。 「空で何があったんだろうか…?一旦海面まで上がるぞ!」 「えっ!?…は………はいですっ!!」 海面に巻き上がる飛沫を見て、大聖は嫌な予感がすると皆にそう指示をした。 それを聞いたうちのクラインが、酷く取り乱した様子で頷く。 …何かの物体に打たれて発生した波にとは言い難く、 ならば渦潮が発生したかと言われると、そうでもなかった。 海面に近い位置から見えた、空の様子。 水は、確かに下から上で、吹っ飛ばされるように舞い上がっていったのを、大聖は見た。 シェリーに頼まれたことを一旦後回しにし、大聖は一度海面に上がって空の様子を見る。 すると、海面を越えて間欠泉が上がっているのが見えた。 また、それが飛沫となって落下した辺りが、異常なくらいに高温になっていることに気付く。 …高温になった水は冷めきれないまま流氷へと流れていき、じわりじわりと氷河を溶かす。 「あの間欠泉…かなり熱いようじゃのう。氷が溶けてしもうとる…。  あたしらが浸かったなら、茹でられて死んでしまうじゃろう…。」 「お嬢様が言っておられた異常というのは、このことなのでしょうか?」 「だろうな。深海から海面へ噴き上がる、異常な温度の海水。  これが陸なら“温泉が湧いた”で済むんだが…、海はそうはいかないだろう。」 「………うぅっ………。」 オタリとプティがその様子を見て、顔を見合わせ不安そうにする。 クラインは大聖の後ろに隠れ、ブルブルと震えていた。 水の世界の物が高温に水に支配されると、茹でられて死んでしまう。それを聞いた大聖は………。 「………皆、そこで待っていろ。俺が間欠泉の跡を見てくる!」 「えっ!?…けれど、大聖さん━━━━━!!」 オクトラーケンの住民を安全な場所に残し、大聖は単身熱水の留まった場所へと向かうと意思表示をする。 それを聞いたプティが、1人だけでは危ないと言おうとしたとき、 傍にいたオタリによって、肩に触れられて止められた。 「オタリさん、大聖さん1人を行かせてもよろしいのですかっ!?」 「おまえのしようとしとることは、あたしとよくわかるさ。  じゃが、落ちてすぐには水温は下がるまい。  そこへ入れるのは、大聖…陸の者だけじゃろう?」 「………。」 プティが肩を掴まれた腕を振りほどこうとしながら反論するも、 険しい表情で言うオタリによって、抵抗をやめた。 「…あたしらが大聖を追いかけるのは、あの辺りの水が冷めきってからの方がいいじゃろうな。  あそこから水が噴き上がったんなら、集中的に噴き出すことで気温が下がらんようになっとるかもしれんしのぅ。」 「………。」 オタリがそう付け加えると、プティも「…そうですね…。」と頷いた。 クラインは…、ただ震えながら黙っていた。 …バイメンがくれた力は、まだ残っている。自分を包む力を確認しながら、 大聖は間欠泉の噴き出し、落下したその跡となる場所へと向かった。 シェリーのいう深海…地下何キロメートルから噴き出すにも関わらず、 その間に噴き出した水の温度がまったく変わらないのは…、大聖からしてみれば妙に変な話だ。 例えばお風呂に入るとき、沸かしたお湯が熱すぎたときには冷たい水を出し、 その場で大した手間をかけずにぬるま湯にすることが出来る。 その理屈から考えるなら、深海から噴き出し海面に上がるまでの間に、 熱水の温度がいくらかは下がっているはずだ。 海から空へ舞うことで、間欠泉が水飛沫に変わった頃には熱水はもう常温になっている。 しかし、今大聖がやってきた間欠泉の跡地にはその変化はなく、 どういうわけか…、その落下した場所だけが熱いままだった。 体感的には、陸でいうお風呂に入る際の水の温度くらいだった。 もし海全体がこの温度になってしまったのなら、 海の住民達は何度も跳ね上がり、それでも陸へは出られずやがては死んでしまうことだろう。 また、オタリが指摘したように温度上昇で氷河が溶けたなら、海面の高さも上がる。 それなら、自分達が住む陸の世界にも危険が及ぶ。 「(プロンジェの居場所も気がかりではあるが、この変な間欠泉の方も気になるな。   間欠泉が噴き出した場所が…、一向に冷める気配を見せていない…。)」 跡地の周辺をキョロキョロしながら、大聖は怪訝そうな顔をする。 「(…エアリーとシェリーが、何らかの原因を見つけられるといいんだが…。)」 …まるで、お風呂にでも入っているかのようだった。 しかし、これは寧ろ異常事態なのだ。と大聖は何が来てもいいように警戒する。 すると………。 『………ブクブクッ………。』 ………自分の真下から、泡立つ音が聞こえた。 その音が聞こえた直後、大聖はハッとして再び潜る。 …泡立ったところだけが、海にしては熱すぎた。 潜った後、水の熱いところを道しるべにして深く、深く潜っていく。 …よく見ると、熱くなっている場所のところで、 ━━━━━沢山の生物や海の人々が死んでいるのが見えた。 ………熱水の噴き出す速さと、決して下がりを見せない水温。 この2つの、急激な変化についていけず取り残された者達が、皆…皆倒れていた。 倒れた者達は身体から力が抜けている、死体となって海面へと浮かんでいった。 そして、そのまま波に乗って流されていく。 宛てもなくただ海をさまよう命の残骸は、波に流されてはやがて陸の辿りつき土に帰る。 それが自然の摂理を違反してはいないものだとしても、その様は…不気味だった。 それを見た大聖は、血相を変える。 間欠泉が噴き出せば噴き出すほど、多くの者が死んでいく。 直接的な殺生ではないものの、動けないまま無抵抗で浮かび上がり、 海面に密集する死体は見ていて気持ち悪い。 ━━━━━一体、なんでこんなことが起こっているんだ。 ━━━━━これらの惨劇の原因は、なんなんだ? 自分が下へ、下へと進んでいけば、死体は上へ、上へと浮かび上がる。 海面に浮かび上がる死体の間を縫うように、大聖は深い位置へと向かう。 深く、深く潜れば潜るほど、光は届かなくなり辺りが暗くなる。 暗闇の加え、この死体の数。…気味が悪い。気味が悪かった。 『ゴボッ…。ゴボゴボッ…。』 …間欠泉をなぞっていくように進むに連れ、泡立つ音も大きく、鈍くなっていった。 大聖が真っ暗な海の先へ進もうとしたそのとき。 『ヂヂッ…バチバチバチッ…!!!』 それは、空からの雷鳴の音に、…非常に似ていた。そして━━━━━。 『ドゴオオオオオオオォォォォォォォォン………!!!!』 真っ暗な先の向こうで、大爆発が起こったような爆音が、鳴り響いた。 『ヒュンッ!!』 「━━━━━がっ!!?」 …爆音が鳴り響いた直後、自分の前に何か…いや、誰かが物凄いスピードへ向かってくるのを察したが、 あまりの早さに対応出来ず、大聖は首元を鷲掴みされ、そのまま強制的に海面へと押し出されていった。 別の世界でいう…ジェットコースターのようなスピードに、 大聖は身体を強張らせ、目をキュッと瞑った。 『ザバァアッ!!!』 やがて、海面に出たことを証明する音がなった。 自分が水中から空中へ放り出されたことを身体で理解し、大聖は目を開けた。 そうして、自分の目の前を見てみると………。 ━━━━━顔面に、大きな銃口が突き付けられていた。 「━━━━━なっ!!?」 それを目にした直後、大聖はそれを後方へ突き離し距離を取った。 突き離された側は吹っ飛びはしなかったものの、大聖から離れる形を強いられた。 突き離されたその人物が大聖を…鋭い目つきで睨む。 「………あなたとは、どこかでお会いしましたね。」 突き離された銃口を一度下ろし、どこかで聞いた声で…大聖と向かい合う。 ………この人物の姿と声には、大聖にも見覚えがあった。 彼は、自分とエアリーに…オクトラーケンの館のことを教えてくれた人物。 だが、右手には誰かから授かったであろう大きな大砲のような物が装着されていた。 そう…、間欠泉に危険を察した大聖を食い止め、殺そうとしたのは━━━━━。 「━━━━━申し遅れました。おれの名前はプロンジェ・ハートマン。  あのオクトラーケンの住民にして、シェリー様にお仕えする者です。」 兵器を片手に、紺色の髪の背鰭を持つ青年…プロンジェが名乗ったのを見て、大聖は絶句した━━━━━。 ━━━━━プロンジェ。そう…彼は、自分とエアリーや、 シェリーをはじめとしたオクトラーケン家の者達が…心配になって探していた人物。 また、自分とエアリーにオクトラーケンの館のことを教えてくれた優しい人物。 そんな人物が………━━━━━。 「お…お前が…!!?」 「おっしゃる通りです。」 かける言葉を失い、ただ驚きの声だけをあげる大聖に、プロンジェは冷たい視線を送る。 …この海の世界に入ったばかりの頃の出会った目つきとは、まったく違ったものだ。 優しさを捨て、代わりに対象者を抹殺せんという威圧感を放っていた。 大聖が問うのにも、プロンジェはぴしゃりと返した。 硬直する大聖の様子などまったく気にかけず、プロンジェは話し続ける。 「やはり、あなたともう1人おられたお方は陸から来たのですね。」 「………っ!!!?………なぜ、それを………!!!?」 「簡単です。おれは海の者にして陸の世界へも上がることの出来る種族だからです。  おれの種族である鯨人(くじらじん)は…、生物の進化の歴史を辿ればあなたと同じですよ。  おれは、ここに戻る前に、その陸の世界へ足を運んだまでです。」 「…お前、陸へ来たというのかっ!!?」 「えぇ。…主であるシェリー様が与えて下さったご使命を全うするために。  お嬢様がそれをお望みになるなら、今や従者であるおれは、それに従うだけです。」 「なっ━━━━━!!!?」 ━━━━━あのシェリーが…!!!? 「あなたのような陸の方々には酷なことでしょう。  しかし、お嬢様がお喜びになられるなら、おれはあなたのような侵入者を消し去るのみです。」 冷たい視線、冷たい声、冷たい銃口…。それらをすべて向けてプロンジェは構える。 一方の大聖は、プロンジェの話を聞いたところで状況を何1つ理解出来ていない。 ━━━━━おれ達陸の者が、海の者にとって侵入者というのはまだいい。 だが、あのシェリーが俺達陸の者の抹殺を望んでいるかと言われると━━━━━!!? 「ま…待て!!俺達がお前達にとって領域を犯した侵入者であることは認める!!  しかし、その侵入者の抹殺をシェリーが望んでいるかと聞かれると、俺はそうは思わないぞっ!!」 ━━━━━敵視されるのに理由はあっても、殺されなければならない理由はないはずだ…!! 出会った途端にいきなり殺される、そんなの理不尽極まりない…!! プロンジェの話を聞けば聞くほど、怒りと戸惑いが込み上がってくる。 侵入者として追い出されるならまだしも、なぜ殺されなければならないのか。 驚きと引き換えにその2つの感情を出すことで、プロンジェと話す体勢に入る。 「プロンジェッ!!俺達にオクトラーケンの館に行けばどうかと言ったのはお前だったな!!  お前が俺をこの場で殺すというのなら、なぜ俺達をあの館へ向かわせた!!?」 「おれから言わせてもらいますと、お嬢様ならさっさと出ていけとおっしゃるかと思いましてね。  けれど、争いを好まないお嬢様は…本心とは異なることもおっしゃる。  お嬢様がそう言えないのなら、彼女に代わっておれがあなた達を追い出す。…それだけです。」 「シェリーがそう言わなかったから、実力行使で追い出そうというのかっ…!!」 「えぇ、そうです。あと、追い出すのはあなただけではありませんよ。  あなたと一緒におられた、あの純人間も同様です。」 「………っ!!!」 ━━━━━俺だけではなく、エアリーにも手を出すというのかっ…!!! 話していけばいく程、だんだん怒りを露わにしていく大聖を見ても、 プロンジェは冷静な様子で話を続け、様子を伺っていた。 様子を伺いながらも自分が装備している兵器を…、 まるでメンテナンスを行っているかのように触れる仕草が、大聖は密かに気になっていた。 プロンジェが装備している兵器を、大聖もチラリと見る。 ………プロンジェを見つけた時点で、密かに気になったこの兵器。 長く生き、多種多様の武器を知る大聖がそれを眺めてみるも、一体何の武器なのかが見当がつかなかった。 固い鉄板で囲まれ、ところどころに色のついたコードが伸びていた筒状のそれを見て、大聖は顔をしかめる。 それが一体何なのかを見ようと近づいたところで、プロンジェが目を細め…声をかける。 「おや、この武器のご興味をお示しですか?」 「………。」 大聖が数歩歩いたところで、プロンジェが来るなと言うかのように問いを投げかけた。 プロンジェが兵器を左手で撫でるところを見て、大聖はこの周辺の水温がおかしいことに気付く。 何の周辺かと聞かれると…、プロンジェが装備している兵器の周辺だ。 その周辺だけが異常に熱く、陸でいう温泉くらいの熱さを感じたのだ。 兵器に近づけば、体感的熱さも強く感じる。 ………あの兵器は、熱を持っている。 ………軽く周辺外の常温の水を手で寄せてみても、水温は下がらない。 ………まさか。これは、まさか………。 兵器周辺の熱さを確かめてから、大聖は海面に浮かんでいる命の残骸を視線をやる。 それを見ては険しい顔を、しかし何かを掴めたのかプロンジェに視線を戻す。 「………そうかっ!!!おそらく、そういうことなんだなっ…!!!」 「なんでしょう?」 「その武器の特徴を把握してるのかしてないのかは知らないが━━━━━、  ━━━━━プロンジェッ!!間欠泉が…熱水の水温が下がらなくなってるのは、  お前…、いや、お前のその武器が原因なんだなっ!!!!?」 「………。」 片手に拳を握り、大聖が苦しそうな顔をして叫ぶがプロンジェは表情を変えない。 大聖の叫びを受けても、プロンジェは自分が装備している兵器を眺めるだけだった。 少しだけ目を開いて、興味津々という様子で眺めながら、プロンジェは突然こんなことを話す。 「ところで、あなたは電気というものをご存じですか?」 「………いきなり何を言い出す?」 「いいえ。これはこの兵器を知っておく際に重要なことでありまして。」 「重要なのかも知らなければ、電気というものも知らない。」 「………そうでしょうね。なんせ電気というのは、もともとこの世界には存在しない、  …そう、人工的に造られたエネルギーなのですから。  嵐の際に空から雷が落ちてきますね?簡単に言えば、電気はそれを資源化したものです。」 「その電気というものが、その武器を動かしているとでも?」 「おっしゃる通りです。」 プロンジェが面白そうに笑って言うのを、大聖も一先ずはと聞く。 「機械の中に内臓され、蓄積されるものなのですがね。  人工的に生み出されるものだけに、この世界…自然界には存在しないのです。  おれが自身で行動に出なければ、この兵器のエネルギーはチャージされないことでしょう。  ………あなたには、あえてお教えしましょう。  この兵器にエネルギーを貯める際に、深海の熱水マントルを利用しました、と。」 「━━━━━っ!!!!」 「熱水程勢いよく発射されるものでなければ、エネルギーの蓄積に大変な時間がかかってしまうので。  この兵器は、内部に搭載されているプロペラに勢いのある水を送り込むことで、エネルギーを生み出します。  プロペラが早く回転すればするほど、エネルギーも早く貯まっていくのでね。」 「なら、熱水マントルの制御蓋が破壊されたというのはまさか………っ!!!」 「えぇ、それもおれ自身が行ったことです。  熱水の勢いがあれば、その範囲も大きい方が効率的ですしね。  熱水の温度に耐えられなかった生き物は、後に食材に利用出来ましょう。  熱水マントルから噴射される熱水の勢いが衰えないもの、  おれがこの兵器を持って少し細工をしかけておきましたから。」 プロンジェにとっては、実験的で面白いことなのかもしれない。 それを聞いている大聖にとっては、背筋が凍る何かを感じた………。 ━━━━━主であるシェリーのためとはいえ、なぜそこまでするのか。 死んだ生物が、後に自分達海の者達の食材になる。 その中に…、人々も巻き込まれているという真実を、プロンジェは気付いていないのか…? プロンジェの話に恐怖心を抱いた大聖が目の前を見ると。 「…あなたならおわかりですよね?」 プロンジェが、兵器の銃口を自分に再度向けて…エネルギーを集中させていた。 「━━━━━犠牲なしにして、生きることなど………出来ないということを!!!」 ━━━━━傷つくのが怖いなら、孤独に暮らせばいい。 ━━━━━傷つけるのが怖いなら、孤独に暮らせばいい。 凛とした声に、鋭い目つき。プロンジェが、銃口からエネルギーを放出しようとしたとき、 大聖も武器…如意金箍棒を素早く構え、戦闘体勢に入った。 「━━━━━おれは、この兵器を持ってあなた達に挑戦しますっ!!」 プロンジェがそう叫ぶのが、戦闘開始の合図となった。 『E-07 きかいへい』に続く。