「??………自分が何をしていたのか、覚えてないのか………?」 「うっ………、うぅ………。」 シェリーに身体を抱えられたプロンジェの最初の発言に戸惑い、大聖が顔を覗かせる。 薄らを目を開けたその先にいた大聖の姿を確認出来たのか、プロンジェが片目を手で軽く擦る。 ぼやけた視界をはっきりさせてから、大聖が目の前にいることに気付くと…目を見開く。 「…あなたは誰ですか?」 「なっ…!?」 目を覚ますなり次に言われたその問いかけにも、大聖が言葉を失う。 今のこの…プロンジェの言い方は、まるで初対面に話しかけるような様。 プロンジェのこの様子に、大聖はなんと答えていったらいいのかがわからなくなってしまった。 …その大聖からの答えを待つのと並行して、プロンジェは自分の周囲をキョロキョロと眺める。 自分の回りを囲んでいたのか、プティ、クライン、オタリ、シェリー。 そして…この場で初めて出会う…と思われたエアリーと大聖だった。 ただ、辺りを見渡すプロンジェの姿は、オクトラーケンの住民が知る、 いつものプロンジェに戻っているような気がした。 今やっと目覚めたばかりで状況が掴めず、1人置いてけぼりを食らっている様子だ。 …キョトンとしているプロンジェと、シェリーの目が合った。 「お嬢…様?」 「………プロンジェッ………。」 「…本当にお嬢様?では、先程のお方は━━━━━。」 「━━━━━プロンジェッ!!!」 『こいびと』 「………えっ!?ちょっ…、ちょっとお嬢様っ!!?」 目が合った後に、プロンジェとシェリーが呼び合うと…シェリーの方がプロンジェに抱き付いた。 大きな単眼に涙を浮かべては、顔を真っ赤にしてプロンジェの胸に顔を埋める。 シェリーがプロンジェに対して抱擁を行うのは、想い人相手には当然のことかもしれないが、 ここでようやく自我を取り戻したと言わんばかりのプロンジェは…、戸惑うだけだった。 特に何もなければ、今のように落ち着いた性格のプロンジェを見て、 エアリーがプロンジェに近づき話しかける。 「やっぱり、お兄さんが皆の言ってたプロンジェだったのね。」 「…え?どうしておれの名前を?」 「本当に何も覚えてないのか?お前、この海で…自分が何をしてたのかが…わからないのか?」 「………えぇ。おれが意識を失ってから今に至るまでの記憶が、まったくございません。」 今度はエアリーが言うと、プロンジェはそれに対しても首を傾げ、眉を寄せた。 自身がこれまで起こした行動のみにならず、 自分やエアリーに出会ったことすらも覚えていない様子に、大聖が悩ましそうな顔をする。 ただ、シェリーに抱きつかれたことを除けば、プロンジェは思っていたより落ち着いていた。 大聖の問いに対して、プロンジェはコクリと頷いて答えた。 「おかしいくらいに、何も覚えていないのです。おれが、  陸の世界である武器屋に寄ってからここであなた達のお会いするまでの経緯を…。」 「…陸の武器…屋?」 「はい、そうです。この海から入れる川に沿って行った先に、街があります。  その街の中にある…、墓場の近くにある武器屋です。」 「………っ!!!」 何も覚えていない。困った顔を俯かせてプロンジェはそう説明した。 ………陸の世界のある武器屋。海から川へ、川から陸へ。 そして。最も気になったのは…墓場の近くの武器屋だという点だ。 プロンジェの説明を聞いて、エアリーは顔つきを変えてプロンジェに顔を近づける。 「ちょっと待って!じゃあプロンジェが持ってるその武器は…まさかそこで手に入れたってこと!!?」 「おれが持ってる武器…?」 驚愕の顔で問いかけるエアリーに、プロンジェは自分の右腕の装備されている武器に目をやった。 頑丈な鉄で出来た装甲、しかしその内部は精密で繊細。 更には、電気というエネルギーのことを口にしてした。 ………プロンジェ本人が、この武器の特徴を覚えているわけがなく、 装備したままの武器をあげて眺めても、顔をしかめるだけだった。 「何も覚えていないため、なんとも言えません。ただ、推理は出来ます。  そうですね…。おれが意識を無くしたのは、その武器屋に行ってからのことです。  意識を失った後に、何者かにこの武器を装着されたならば………。」 「自分で望んだうえで装備したんじゃないのか…?」 「確かに、武器を見せてくれとはご依頼はしたのですが…、お受け取りの返事は返しておりません。」 「………!………意識を失わせて抵抗が出来なくなった後に、  半強制的に装備させられたとおっしゃいで!?」 「…その可能性が高いですね。」 胸が苦しくなったのか、シェリーの顔を一度上げさせてからプロンジェが説明した。 プロンジェも、覚えていることと今の自分の状態から、 考えられることを含めて、答えを導き出す。 ………自分で装備することを望んだだわけはないのか………? 話を聞いていけばいく程、皆の中に疑問が募る。 意識がなくなったが、今は取り戻した。 それを気にかけていたオタリが、プロンジェに話しかける。 「プロンジェ…。意識を取り戻したと言っておるが、今はどうもないのかい?」 「…あぁ、今は大丈夫だ。この場で皆と話してることは、しっかりと頭で感じてる。」 オタリの問いかけに、プロンジェは優しく笑って答えた。 ここにやってきた笑みよりも優しく温かいそれに、エアリーとシェリーは一瞬魅入る。 その後、再び自分の武器に目をやり、困った顔をする。 「お嬢様にお婆ちゃん、皆も…。あ、あのさ…、まさかとは思うけど…。」 「まさか、…なんじゃ?」 「何度も言うけど、自分が何をしたのか本当に覚えてないんだ。もしかして…、  ━━━━━皆に…、酷いことをしちゃった?」 「酷い…か。そうじゃと言えばそうなんじゃが………。」 困った顔が、話している途中で苦笑いへと変わっていった。 半分疑っているようなプロンジェの様子に、オタリは悲しい顔で深い溜息をつく。 …プロンジェが意図的にこれまでの行動を起こしてきたのではないというのなら、 プロンジェは武器屋で出会った何者かに操られていたというのだろうか。 しかし、プロンジェが何をしようが戻ってきてくれたのなら、 ………と嬉しそうにしている人物が、1人。 「………皆様そんな暗い顔をなさらなくてもいいですのよ。」 嬉しそうにしている人物…シェリーがプロンジェの肩に身を寄せながら、言う。 身体を起こしたプロンジェの腕に自分の腕を巻き付け、本当に嬉しそうにしていた。 「あたくしは、プロンジェが元通りになって戻ってきてくださったら、それでよろしいですわ…。」 …小さな笑みを浮かべて言うシェリーに、やや場違いさを感じてプロンジェは呆れ気味に笑う。 エアリーや大聖がプロンジェから聞き出したことから、 海の世界でプロンジェが起こした異変は、プロンジェの意思によるものではないとわかり、 シェリーは安心しているのだろう………。 プロンジェに寄り添うシェリーを見て、シェリーが元気を取り戻したことを確認してから、 プティが大聖の方を見てこんなことを聞く。 「プロンジェさんが本来のご自身に戻られたことは喜ばしいのですが…。  ならば、一体誰がプロンジェさんにそんなことをなされたのでしょう?それも、何の意図で………。」 「…そうだな。それが問題だ。」 プティの問いに対して、大聖も深刻そうな顔で腕を組んだ。 プロンジェに手を出した陸の者…、といってもそれが誰なのかなんてまったく考え付かない。 自分達の陸の知り合いの顔を1人1人振り返っても、そんなことをしそうな者がいない。 すると、クラインがエアリーの方へちょことちょこと近づいてきた。 エアリーは…、1人危機感を募らせていたのか…顔が強張っていた。 あれほど騒がしい人なのに、急に黙り込んでしまったという心配を含めてエアリーに話しかける。 「あ…、あの………エアリー、………さん?」 「………。」 エアリーは、………何も答えない。右手を強く握りしめ、 海面から波に揺られて見える陸の山をジッと見つめていた。 自分の呼びかけが無視されたことに対して腹立ちを覚え、 クラインはちょっと声を張り上げていう。 「エ…、エアリーさんっ!」 「………っ!?」 少し声の量を上げて呼ぶと、エアリーは我に返ったかのようにハッとした。 自分の世界から皆の世界に戻り、クラインが自分を呼んでいることに気付くと、 エアリーは、すぐさまクラインの方に振り向く。 クラインから見たエアリーの顔。 その顔は、明るく元気なエアリーからは想像もつかないくらいの、怖い顔だった。 「………クライン?」 「あ、あのぅ…。」 クラインが弱弱しく声を出せば、エアリーも慌てて態度を切り替える。 泣き出しそうなクラインを宥めるように、「ご、ごめん!」と一言謝ってから、聞き返す。 「で、…どうしたの?」 「あ、あのですね…。プロンジェさんが言ってた陸の武器屋って━━━━━。」 『サッ。』 「━━━━━もごっ!?」 クラインが台詞の先を話そうとしたそのとき、エアリーが無言でクラインの口元を押さえた。 その先は言わないでほしいと、…目をキュッと瞑りながら、 ある感情を表に出すまいとこらえた様子でそうした。 ………ごめんね、クライン。 ………どうか今は、その件については触れないでほしいの………。 ………プロンジェが陸の武器屋のことを口にしたとき、まさかとは思うけど………。 ━━━━━自分のお店に何かあったんじゃないかって………。 「………と、とにかくさ!よかったじゃない!これでプロンジェが見つかったことだし。  あとは、深海の奥にある熱水マントルを修復すればいいだけね!」 クラインの口を塞ぎ、口止めをしてからエアリーが作り笑いを浮かべた。 クラインの背の低さに合わせてしゃがみ込んでいた体勢から立ち上がり、 皆の方をくるっと振り向く。その際、クラインの口に当てていた手をクラインの肩にやる。 エアリーの話を聞いて、支えられた体勢からプロンジェもようやく立ち上がる。 右手に装備させられた武器を足元に置き、手ぶらにしてからエアリーと大聖の方を向く。 「…どうやら、この武器を持ってして…あなた達には大変失礼なことをしたようですね。  そちらの赤い髪のお方の様子を見れば、すぐにわかります。」 「俺のことか?」 「はい、そうです。…この武器に攻撃されたらしき跡が、あなたの衣服についておりますからね。」 「この、服の焦げのことか…。」 2人並ぶエアリーと大聖にそう話してから、プロンジェはその場で膝をつき、頭を下げる。 「図々しいのですが、あなた達のお名前は?」 「わたしはエアリー。それから、こっちの赤い人は大聖っていうの。」 「エアリーさんに大聖さん、ですね。…エアリーさん、大聖さん、  そしてオクトラーケンの皆様には、  ………恐ろしい目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございません。」 ………利用されたとはいえ、うかつでした。 目を伏せて、丁寧に謝罪をした。右手を胸元に当て、 プロンジェは真摯な態度でこの場にいる全員にそう謝る。 そのままの体勢で動かないプロンジェの目の前に、シェリーが移動してしゃがみ込む。 「………プロンジェ、顔をお上げなさいな。」 シェリーが小さな声でそう言うと、大きく白い両手をプロンジェの両頬にそっと当てる。 自分の顔が触れられ、プロンジェはスッと顔を上げる。 プロンジェの目は、少し潤んでいた。 ………主の右腕として、その主を含め本来なら皆を守らなければならないのに、逆に傷つけてしまった。 辛い真実を、皆に知らされて…悲しくなったのだろう。 勿論、根本的な原因を辿ったならプロンジェには非はないはずだ。 それでも、引っ掛かった末に利用されてしまったその結果が、プロンジェは悔しかった。 そんな今のプロンジェに、シェリーは一体何をするつもりなのだろう。 「他者が関与しておられるとはいえこんなことになってしまったのは、おれの油断です。  シェリー様、どんな処罰でもお受けになりま━━━━!」 「…いえ、あなたを責める気はこれっぽっちもございませんわ。」 「………ぅえっ?」 …海の者でありながらも、海の者達に手を出したあげく世界も崩壊させるところだった。 更には、自分があまり快く思っていなかった陸の者に助けられた。 助けられたからといって、利用されたからといって自分の罪はなくならない。 それに対する罰を後に受けることになるだろうと覚悟をしていただけに、 シェリーから返ってきた台詞が意外で、プロンジェの声は裏返る。 プロンジェの頬を両手で覆いながら、シェリーはニパッと笑ってこう話す。 「先程もおっしゃいましたわよ?あたくしはあなたが元通りになって戻ってきた、それだけでも嬉しいと!  それに、プロンジェ。あなたがどういうお方なのかはあたくしは知っております。ちょっと意識しすぎただけですわ。」 「し、しかしお嬢様っ………!!」 「あなたは、自らの意思でこんなことをするおつもりはなかったのでしょう?」 「そっ、それは………そうですけど………。」 嬉しそうに言うシェリーの言っていることは、自分にとっても嬉しいしありがたく思う。 その一方で、それで許されてもいいのだろうかという複雑さや恥ずかしさもこみ上げてきた。 だんだん顔を赤くして…プロンジェは、シェリーから目を逸らす。 「それにプロンジェなら、罰なんて与えなくともしてしまった分だけ頑張って下さりますわ!」 頷きながらはっきりとそう言うのに反論が出来ず、プロンジェは黙り込む。 対するシェリーは、笑顔のまま首を傾げた。 「………でも。」 その後、目を細めてはシェリーも目を潤ます。 「あなたがこうして帰ってきてくれて…、本当によかったわ………。」 プロンジェの両頬に添えていた手を、プロンジェの背中に回す。 「………“あなた”が帰ってきてくれなかったら、あたくしは━━━━━。」 ………プロンジェが目を大きく見開き、「あっ。」と声をあげた頃。 シェリーは、プロンジェを抱き締めた。 「…なんだぁ、普通の両想いなのね。2人とも。」 「…そのようだ。」 それを見ていたエアリーと大聖も、やっと再会出来た2人を、ただ…見つめていた。 ………。 「………あ、そうだ。プロンジェにも話しておかなくちゃ。」 抱きあう姿勢から、隣同士で並ぶ姿勢に戻ったプロンジェとシェリーに、エアリーが話し掛ける。 「シェリーから話は聞かせてもらっちゃった。プロンジェがトライデントを求めてるってこと。」 「…え?」 困ったような顔で笑って言うのに、プロンジェも少し抜けた声をあげた。 「わたしは今は旅人。でもいずれは一旦占めた武器屋を再開させようって思ってるの。  それで、今してる旅で一緒に働いてくれる仲間を探してるんだけどね。」 「エアリーさん、武器屋をお持ちなのですか?」 「えぇ、だってわたし、自分でそういうの作るの好きだもの!  それでね、オクトラーケンの人達の中で唯一手の空いてるクラインをどうかなぁって。」 「クライン、そうなのか?」 「えっ?は、はいです………。」 エアリーの話を聞いて少し驚くプロンジェに、クラインも小さく頷く。 突然話を振られたクラインはというと…、エアリーや大聖との初対面に比べると、様子が落ち着いていた。 クラインにその件のことを聞いてから、プロンジェはエアリーの次の台詞を待つ。 …が、エアリーが話す前に、大聖が顔をしかめて話す。 「しつこいようだが、海の者が陸で働くなんて無理なんじゃないのか?」 「えー?でも、それが確実なものだったらプロンジェは陸なんかに行ってないでしょ?」 「はぁ!?」 何度も同じ注意をして止められるも、今回はそれをあっさり覆してしまった。 なぜなら、プロンジェは陸に向かったことがあるという話を、エアリーは聞いている。 プロンジェがトライデントを求めてる話を聞かされてない大聖が、驚愕と怪訝の声を上げた。 …しかしその話を聞いてなくとも、よくよく考えてみればプロンジェは陸の武器屋にて足元の武器を手に入れた。 プロンジェとその武器の存在が、…海の者でも陸である程度の生活は出来るという説得に繋がっているのだ。 ………大聖は、深い溜息をついた。クラインの気持ち次第ではあるが、 多分エアリーは…もう後には引かないだろう………。 大聖の予想通り、エアリーは笑顔で話を進める。 「プロンジェ、一応話しておくと…あなたの足元の武器はトライデントなんかじゃないわ。  トライデントっていうのは、見かけは三又の矛で、槍みたいに使うものだから。」 「トライデントを知ってるんですか!?」 「えぇ。伊達に武器職人してないわよ!」 「(製鉄と鍛冶の腕前はまがひよっこのくせに、何言ってんだか………。)」 「…大聖、今何か言った?」 「いや、何でもない。」 大聖が小声で何か言ったような気がするが、エアリーは気にすることなく話を続ける。 「ねぇプロンジェ。あなたが求めてるトライデントは、いつかわたしが作ってあげるわ。  その代わり、1つ約束ごとをさせてちょうだい。」 「………はい?なんでしょう?」 「約束?それはまさか、クラインと引き換えにじゃあないだろうな?」 「もう、そんな取引しないわよぅ!そうじゃなくて…。  ………プロンジェ、あなたはもうシェリーを離しちゃだめよ!!あなたがいない間、  シェリー………、すごく寂しがってたから………。」 …エアリーのこの台詞を聞き、プロンジェはハッとしてシェリーの方を見た。 この台詞に続くように、大聖もプロンジェに話す。 「お前程の腕前なら、遠出をして意地でも武器を求める程ではないと思うんだ。  誰かに身勝手で与えられたそのとんでもない武器を以降も使おうが使うまいが…。  お前はシェリーを、オクトラーケンの皆を、海の世界を守ってあげてくれ。  ………そういう奴は、この館においてお前しかいないだろうからな。」 何かを愛おしそうに微笑むエアリーに、迷いのない笑みを浮かべて力強く言う大聖。 プロンジェは、2人が自分に話したことを、真摯に受け止めていた。 ━━━━━自分が皆を守るために、強くならなくてはならない。 ━━━━━けれど、ただ強い素材を手に入れる必要はないことを、プロンジェはこの場で知った。 『E-10 だっしゅつ』に続く。