━━━━━いなくなったエアリーと大聖の2人。 彼等と入れ替わるように自分の前に姿を現したのは、1人の老人だった。 「…わしの名前はバイメン。エアリーと大聖の知り合いじゃよ。」 浮遊したままそう静かに名乗っては…、何かを思い詰めた顔でプロンジェに歩み寄った。 バイメンが名乗れば、プロンジェも「はぁ…。」と頷く。 突然のことで、プロンジェの方も少し戸惑ってはいるものの、 落ち着いた様子でバイメンに問いかける。 「…おれに聞きたいことがあるとおっしゃいましたが、何のご用ですか?」 「まさか、プロンジェがこの海で犯してしまった罪をご指摘なさる気ですの?」 「いや、わしにはそんな気はない。」 プロンジェが問いかけたその隣では、シェリーも警戒した様子で続く。 少し強気な姿勢で問いを投げかけるシェリーに、バイメンは首を左右に振る。 返事をしてから、プロンジェの足元に置いてある兵器に目を向ける。 「わしがお前さんに聞きたいのは…、プロンジェと言ったか。  お前さんがその兵器を持って何をしたかなどではない。  …その兵器を誰から授かり、またどこで手に入れたのかじゃよ。」 …このときのバイメンには、なんとかなるさという楽観的な様子はなかった。 自分が招いてしまったと言わんばかりの、深刻な顔。 その顔でプロンジェの足元の兵器を指差し、バイメンはプロンジェの方を…ジッと見る。 バイメンにそう言われたプロンジェとシェリーは、 足元にただ置いてある…、先程までプロンジェが装備していた兵器に、ハッと目を向ける。 そう言えば、この武器は…プロンジェが欲していたトライデントではないと、 エアリーが話していた。…ならば、これは一体何なのだろう…? 「なぁ…、プロンジェ…。お前さん…、その兵器をどこで、誰から手に入れたのかを覚えとるか?」 「この兵器の渡し主ですか…?」 「そうじゃ。一体何があって、お前さんがこんなことになったのか…。  それを知らなければ、次は…エアリーか大聖のどちらかが狙われかねん。」 「エアリーさんと大聖さんが狙われるですって!?それは一体…。」 「それはまだ可能性の1つとしか言えん。ただ…このままだと、  間違いなく誰かがお前さんと同じようなことに…。」 「バイメン、さん…?」 かなり困った顔をして、バイメンはプロンジェにそう聞いた。 『しんそう』 聞かれたプロンジェは、思い出そうと手を組み、目を瞑る。 問いかけを振られていないシェリーをはじめ、クライン、プティ、オタリも…、 一体何が起ころうというのだろう、と顔を見合わせていた。 プロンジェを除いたその4人は、話についていけないと妙な置いてけぼりの感じをしていた。 それでも、自分達にとって重要な存在であるプロンジェの力になろうと、プロンジェの返答を待つ。 少し考えてから、プロンジェは顔を上げて皆に話す。 「そうですね…。この武器…兵器でしたか?  これは…どこで貰ったのかは定かではございません。  おれが気を失い、再び意識を取り戻した頃には、もう既に装備されていましたもので…。  ただ、断定は出来なくとも推測は出来ます。兵器を強制装備は、陸の街に行って、  そこにあった武器屋に行ってからのこと。…おそらくは…。」 「その場所で装備されていた、ということじゃな?」 「えぇ。少なくとも、この海を旅立ってから陸のその場所へ行くまでは、  こんな…、とんでもない物は装備どころか見てもいませんでしたから。」 「そうか…。ならば、それを誰に貰ったかなどは?」 「誰に貰ったか、ですか…。」 バイメンの問いに対し、可能な範囲で慎重に答えていく。 誰に貰ったか、という質問で一旦黙り込み、プロンジェは考える。 少しだけ顔を俯かせて黙り込んだかと思うと、すぐに顔を上げてまっすぐにバイメンを見る。 「陸の武器屋に向かった際、奇妙な格好の男女2人組と会いました。」 「…その2人組の奇妙な格好?」 「えぇ。1人は白い髪に白い服の…純人間の男の子。  もう1人は、青紫色の髪に青い肌で…身体のところどころに包帯が巻かれた死人の少女です。」 「………!や、やはり………!」 「やはり…?」 「…っ!?…いや、詳しいことは後に話す。」 そのときの記憶を、出来るだけ絞り出す。 プロンジェが…気を失う前に出会った人や、その人達の特徴を話す。 それを聞いたバイメンは、物凄く驚いた顔をする。 その反応を見たプロンジェに問われるも、バイメンはそれを聞き流す。 プロンジェとバイメンのやりとりを横で聞いていたシェリーが、ふと前に出る。 「…バイメン。どうやらあなたは、その2人のことをご存じのようですわね。  そのお2人は、一体何者ですの?そのお方達がプロンジェに手を出したのなら…。  …罰をお受けになるべきなのは、そのお2人ではなくって?」 「………。」 瞼を半分くらい閉じ、顔をしかめてシェリーに言われると、 バイメンも「うっ…。うぅっ…。」と途端に弱腰になってしまい、縮こまる。 一瞬、このオクトラーケンの者達に話してもいいかを迷ったが、 気の狂った………否、操られたプロンジェがまた狙われるとシェリーの警戒と威圧に怯む。 バイメンは、正直に話すことにした。 「………実は………。」 言いづらそうに身体を縮ませながらも、バイメンは話す。 これから話すことは、あの2人の秘密だ。 ただ、そんな2人をこの世界に招いてしまったのは………。 「その2人はのぅ…。少年の方は人間を模った者で、  少女の方はかつて人間だった者じゃ。  その2人は、最近この世界に移り住んだ者じゃ。」 「この世界に、移り住んだお方…?」 「うむ…。その2人組は、本来ならこの世界には存在しない物や技術を知っておる。  プロンジェに装備されておったその兵器も、その1つじゃ。」 「…そうですか…。ということは、おれの身に起こったことやあなたのお話から、  おれにそうさせたのは、そのお2人ということでしょうか?」 「他に誰がいよう…。他者の姿や身体を借りれる者など、あの2人しかおらんからの…。」 「姿や身体を借りれる…?」 バイメンがその男女2人組の秘密の一部を話すのを聞き、 シェリーとプロンジェが顔を見合わせた。…そして、ギョッとする。 「出来ることなら、もっと話すべきなんじゃろうが、  実はわしもあの2人の詳細はよく知らんのじゃ。ただ、それでも…。」 「それでも…、なんですの?」 「あの2人が起こしてしまったことを知ることが出来た。  ならば、わしも後に…何らかの形で…会うように促すべきだということがわかった。  わしが直接行ってもいいんじゃろうが…━━━━━、  ━━━━━出来ることなら、あの2人が与えられんかったものは、人間の手で与えてやりたいんじゃ………。」 ………バイメンのこの台詞の意味は、この時点ではまったくわからなかった。 バイメンが切なそうに横を向いて話すのを…、オクトラーケン家の皆は黙って聞いていた………。 その台詞を言い終わった少し後に、バイメンが皆の方にくるっと向く。 「さて…。」 こうしてはいられないと首を左右に強く振り、声を漏らす。 「お前さん達は、これからどうするつもりじゃ?  事件で起こった被害からの復旧、その2人の捜索…。  これからどうするかはお前さん達の自由じゃよ。」 「…バイメンさん?」 「わしはちょっくら先回りして、エアリーと大聖の2人にもう一度会いに行く。  …わしが関われば関わる程、例の2人組は…。」 「………え?」 『━━━━━ヒュンッ!!!』 「あっ、えっ?ちょっ…、ちょっとバイメンさんっ!?」 これからどうするかという問いと、自分はこれからどうするのかを言ってしまうと、 プロンジェの呼びかけに振り向くことなく、姿を消してしまった。 プロンジェが引き止めようと伸ばした手は届くことなく、バイメンは…もういなくなっている。 プロンジェが驚いた顔をして見たその先にあったのは、青い海の街だけだった。 ………。 「………行ってしまいましたね。」 バイメンがいなくなってから続いた静寂は、プティによって破られた。 まだ何かを隠していそうなバイメンに疑問を持っているのか、悩んだ顔でプロンジェを見る。 「…すべての真実を話したとは思えませんね。  あとのことは…、自分で探れということでしょうか?」 「まったく…、一体なんじゃ。次から次へと…。  深海の熱水マントルの制御蓋をこれから復旧せんというときに…。」 「そうですよねぇ。けれど、拙者としてはバイメンさんのお話も気にはなります。」 「深海を復旧させても、真の原因を解決せんことには…、また同じことが起こるかもしれんからのぅ。」 プティが悩ましそうに言えば、オタリもかなり困った様子で頭を掻く。 「…まぁ、プロンジェに関してはどうしようが止めはせんよ。」 「え?お婆ちゃん、それはどういうことなんだ?」 「プロンジェ…、おまえはある意味被害者でもある。  被害者であるおまえが、バイメンの話した人物に会って何らかの行動を起こす。  権利や義務はなくとも、理由くらいはあるじゃろうて。」 「それはそうかもしれないけど…。」 オタリが頷きながら言うのに、プロンジェは悩ましそうにしていた。 …プロンジェ自身としては、自分にあんなことをさせたかもしれない…あの2人に会って話してみるべきだと考えていた。 もし、自分の推測通りだったとしたなら…、なぜそんなことをさせたのか。 バイメンの話を聞いた限りでは…、これはただごとではないと思っている。 ただ、今から自分がもしまた旅立つとしたなら、 自分が犯した罪の償いは、一体どうなるのだろうか。 それを先伸ばしにするというもの気が引けるし、 何より…、海の世界は自分の住み場所である。 「…でも、お婆ちゃん。」 「なんじゃ?プロンジェ。」 「もし…おれがバイメンさんの話をもとに真相を探りに行くとしたなら…。」 「…自分がしてしまったことに対する償いが、出来ないのでは?…ということかのう。」 「あぁ…。」 プロンジェが悩んだ様子で言うのに、オタリは背中を押すように返す。 オタリの言っていることは一理あっても、自分が起こした行動には自分が責任を取るべきなのでは? そう考えてると、今度はプティが上目遣いでプロンジェを見つめた。 「もし行きたいのなら…、拙者は行ってもよろしいかと。」 「え?どうして?」 「確かに、表面上はプロンジェさんの仕業と思われてもしかたのないことでしょう。  ですが、拙者達オクトラーケン家の者は皆知っております。  厳密には…海の世界での事件は、貴方が起こしたものではないということを。」 自分を真っすぐに見ながら話すプティの台詞に、プロンジェもハッとした。 …プティの言う通り、厳密に言えば自分のその気はなかった。 海で異変を起こした際に記憶はなく、自分自身に対しても…すべての原因が自分にあるとは言い切れない。 「…自分にそうさせた者達を最終的にどうするかは別にして、  その人達を追うことこそ…、真の事件解決に繋がるのではないでしょうか?」 最後の閉めとしてそう言われると、プロンジェは反論が出来なくなった。 プティにそう足されたことで、プロンジェは再び腕を組み、考える。 ………事実を知ってる皆がいるのなら、おれも罪の償いばかりを考えることはない、か………。 少し考えてから顔をパッとあげ、決心がついたのか少し笑って言う。 「わかった。おれが意図的にしたわけじゃないってことを皆がわかってくれてるなら…。  おれも、なんでこんなことをさせたのか、それを探りに行こうじゃないか。」 「………?」 大きく頷きながら、自分の歩みたい道を行くと言った。 それを聞いていたシェリーが、ピタリと固まってから…バッと振り向く。 「あら…?ではプロンジェ、また行ってしまいますの!?」 1人で行く気なのかはわからないが、もう自分を離してほしくはない。 シェリーは少し必死になってプロンジェに言う。 目を大きく見開いては、白い腕を伸ばしてプロンジェの肩に触れる。 「これがあたくしのわがままだとしても…、またあなたがいなくなるのは寂しいですわ…!」 すると、そのままプロンジェの胸に自分の顔を埋める。 唐突なその行動に、プロンジェは一瞬怯んで顔を赤くするも、 プロンジェのシェリーの肩に触れ、一度身体を引き離してから、落ち着いた声で話す。 「では…、お嬢様はおれと行くことをお望みですか?」 「えっ…?」 「おれと、離れたくないのですよね?なら…、2人で行ってみますか?…陸の世界へ。」 「あなたと…!?」 優しく微笑みながら話すプロンジェの台詞を聞き、今度はシェリーが顔を赤くする。 プロンジェと一緒に未知なる世界へ行くということでもあり、 滅多に出ない館から離れるということでもある…。 プロンジェはあくまで館の住民だが、そんなプロンジェと違って自分は館の主だ。 主である自分が館から出ても…、いいのだろうか? 館の主というのは、極力館に残っているべきではないのだろうか? 期待と不安に駆られたが…、もうプロンジェとは離れたくない。 プロンジェと…ずっと、ずっといたい…。 その恋しさが、シェリーをふっきれされる。 「…わ、わかりましたわっ!」 プロンジェの肩に触れていた手を一旦離し、両手に握り拳を作ってシェリーは言う。 「━━━━━ならば、あたくしはあなたについていきますわ!…どこまでも!!」 「お………お嬢様っ!!?」 シェリーの決心を聞き、プティは酷く困惑した様子で訴える。 「お嬢様がいらっしゃらない間、一体誰が館を、深海を管理するのですかっ!?  いくらシェリー様でも、自分の役割を投げ出してまでお行きになるのは困ります!!」 「………プティは相変わらずじゃのう。そんなもん、別に構わんじゃろう。」 「ですがっ…!オタリさんはお嬢様が出て行かれるとお聞きして、何も思わないのですかっ!!?」 声を荒げるプティを一度横目で見てから、くるりと向き直ると、 「………あたしゃ、なんも思わんよ。」 …ときっぱり、はっきりと言い切った。 この返答にも愕然とするプティの様子を気にすることなく、 オタリは少し顔をしかめて話を続ける。 「役目を捨てようが、お嬢様かてやりたいことの1つや2つはあるじゃろう。  お嬢様がご自身でお決めになさった。あたしらにそれを妨げる権利はない。  プティ、何をそんなに心配しとるんじゃ?」 「うっ………。」 「それに、元に戻ったプロンジェも一緒なら大丈夫じゃよ。  それとも、プロンジェの強さが信用出来んかの?あたしは、何も心配しとらんけどね。」 「………。」 「館なんて、あたしらでも十分に守れるじゃろう。  それより、守ることばかりを考えてやりたいことをさせない方が、  年を取ったあたしとしちゃあ残念なことだと思うけどねぇ。」 オタリに説得をされ続けると、プティはやがて黙り込んでしまった。 身体も縮こまっていっては頭を下げ、その場に膝をつく。 プティの敬意を示す様を見てから、オタリはこれまでオロオロしていたクラインの方を向く。 「…ということじゃ、クライン。」 「は…はい!?なんでいきなりワタシに振るですかっ!?」 「おまえも、思い切って別世界に出てみては、と思うてな。  まぁ…、それをどうするかはおまえ次第じゃがの。  違う世界を知ることで、自分自身が変化したがることもあるんじゃよ。」 「は、はぁ…。うーん…。」 突然話を振られ、クラインはギョッと驚いて振り向く。 そんなクラインを、「変わらずじゃのう…。」と呟いてからオタリが背中を押す。 それでも、クラインには即座な決断は出来ないらしく、フルフルと震えていた。 プティとクライン、2人の小さき命を見守ってから、 オタリはプロンジェとシェリーの方を向く。 「館の方は、あたしらでなんとかします。  お嬢様とプロンジェは、気にせずやりたいことをすればよろしいですよ。」 「礼を言いますわ、オタリ…。」 2人を応援するように笑って言えば、シェリーも優雅に微笑んで頷く。 シェリーと向かい合うようにいるプロンジェも、「ありがとう。」と笑った。 「じゃあ………お言葉に甘えて、行ってきます!」 「あぁ、気をつけて行っておいで。」 「い…行ってらっしゃいませっ!!」 「あ、え、えーっと…、い、行ってらっしゃいですっ!!」 最後に、皆で挨拶を交わせば…プロンジェとシェリーは陸へと向かい、姿を消した。 ………。 海から川へ、川から陸に上がってみれば………、 意識を無くした自分が起こした破壊活動のせいなのか、陸の世界の一部が浸水していた。 また、津波が起こったらしき跡も残っており、海の世界の人や生き物が陸に打ちつけられていた。 ………これは、酷い。自分に装備をさせられた兵器が、ここまで被害を及ぼすとは。 今はもう無きその兵器が残した跡を見て、プロンジェは背筋が凍った。 なんとも無残な光景を目にして、顔を青くしていると…、 隣にいるシェリーが、自分の顔を覗き込む。 「プロンジェ、大丈夫ですの…?」 「………えぇ、なんとか。」 海から陸へとやってきた際にプロンジェの様子の変化に、 シェリーが心配そうな顔をしてプロンジェに尋ねた。 …隣に思ってくれる人がいるから、まだ冷静さを保っていられたのかもしれない。 こんな光景を…それも自分がこんなことをしたと指差されて言われたら、自分の精神はどうなっていたことだろう。 自分を指差して…かつての行動を咎められることはなかった代わりに、 陸に打ち上げられたものの数々が、自分を責めているようにも思えて…。 ━━━━━落ち着け。これは、おれが望んで起こしたことじゃない。 おれにも原因はあるのかもしれないし、起こしたことには変わりはないかもしれないけど………。 今から、なぜこんなことになってしまったのか、その真相を探りに行くところじゃないか。 おれに…、こんなことをさせた誰かを━━━━━。 「………シェリー様。ご心配させて申し訳ございません。」 「…いいのです。こんな酷い有様、何も思わないわけがございませんもの…。」 「………ありがとうございます………。」 ━━━━━とはいえど、人間としての正気を失い野性化すれば、 こんな光景にも何も思わなくなるということなのか━━━━━。 「行きましょう。ニ度とこんなことをさせないためにも。」 「そうですわね………。」 流石にショックを受けた部分はあるものの、誰も自分を責めないというならば。 プロンジェとシェリーは、2人で変わり果てた陸の世界へと、入っていった━━━━━。 『F-02 こうせい』に続く。