「…ところで、プロンジェ。」 「はい、なんでしょう?」 「陸の世界に着いたのはよろしいのですが…、これからどこに向かうべきですの?」 かつてのプロンジェがもたらした行動により、海の世界のみならず陸の世界もこうむってしまった。 それを目にし、ニ度とこんなことを起こさないためにとどこかへ向かおうとするも、 海の世界から出たことのないシェリーには、陸の世界の地理などさっぱりだった。 不安そうに悩んでいるシェリーの背中を『ポンッ。』と叩き、プロンジェはニッと笑った。 「あぁ、それならご心配なさらずに。まず向かうべきところとして…行き先は決めております。」 「まぁ!そうですの!?」 「えぇ、陸の世界へ旅に出たなら、陸の人々にも何人か会っておりますからね。」 笑ったまま、プロンジェは自信満々な様子でそう言い切った。 『こうせい』 「━━━━━これは、一体とういうことじゃろうか…。」 一方、倭国に残っていた者達は、茶店を、倭国の街を飛び出し…、 溢れてしまった川の水を見て、愕然としていた。 茶店にいた3人のうち、歩目がボレーラの肩に乗りボレーラをそこに向かわせる。 鬼ならではの巨躯の身体の持ち主であるボレーラなら、津波や激流に流されにくいと考えたためだ。 「こりゃあ驚いたがや!暫く経たないうちに、こんなことになっちまったなんて…。  歩目、夜魔。見るがや!川に水が溢れたことで川の魚の何匹かが陸に打ち上げられてるがや。  これなら、川に出るっちゅう手間をかけずに魚が獲れるがや!」 「馬鹿者!!そんな呑気なことを言っとる場合ではなかろう!!  これは、異常事態なのじゃ!!魚は本来、水の中で過ごすものじゃろう!!」 川の水が溢れ、それにより一部の魚が陸へ流されて打ち上げられた。 …が、ボレーラはそれに対して危機的な気持ちは抱いていないらしい。 嬉しそうに笑いながら大声で言うのに、不謹慎だと言わんばかりに歩目が叱る。 軽く振り袖で叩かれると、ボレーラはしゅんと身体を縮ませる。 1人何も話さない夜魔はというと、ボレーラの足元で1人水をパシャパシャとかけている。 水の色は、陸地の土と混ざって黄土色の染まっていた。 それ自体土と水が混ざれば起こるごく自然な変化なのだが、夜魔はあることに気付く。 …水が、なんだかベタベタしている。 それに気付き、夜魔は川のほとりへと移動し、川の中に手を突っ込む。 だが…、それでもやはり、手のベタベタは取れなかった。 川の中から両手を出し、夜魔はわたわたと両手を振っていた。 「ん?夜魔…どうしたのじゃ?」 「………っ!………っ!?」 両手を振り続けながら歩目に何かを訴えようとするも、喋らないためか伝わらなかった。 とても困った顔をして振るのを見ても、歩目も困った顔を返すだけだった。 歩目と夜魔が異なる手法でコミュニケーションを取ろうとしているその傍で、 ボレーラだけが川の方へ視線を送っていた。 川の水が溢れ陸へ浸水しているのなら、川の中でも変化が起こっているというのだろうか。 ━━━━━川の中から、何かが出てくる。 「おっ!!見るがや2人ともっ!!」 歩目に叱られた後だというのに、それを忘れてしまったのか…ボレーラは嬉しそうにしていた。 喜びの声を上げて、歩目を肩に乗せたままそちらの方へ走り出す。 ボレーラの足元にいた夜魔は、ボレーラの悪気のない蹴りを喰らいそうになるも、 慌てて宙を飛び、それを避ける。 「これボレーラッ!!いきなり走るでないっ!!」 「………っっ!!!!」 「何がや何がやっ!?一体何が出てくるがや!!?」 歩目が制止の声を上げ、夜魔が困惑するもボレーラはそれらを無視して走り出す。 陸の浸水した川の水を蹴り上げ、バシャバシャと大きな音を立ててそこに向かう。 蹴り上げられた水は後方へ滴となった飛んでいく。 それは、一見優しい香りに包まれたものなのかもしれないが…、 これから起こる異常の前兆とも言えた…。 ボレーラが走って向かったその先。そのすぐ近くまで来ると、 聞き覚えのある男女の声が水の中から聞こえてきた。 そこにやってきた3人のうち、歩目と夜魔が顔を見合わせてそれを見ていると………。 『………バシャアッ!!!』 「…なっ…、何がやっ!?」 水の中から、2つ程の人影が同時に飛び出した。 水音を立てて宙へ飛び上がり、やがて3人のすぐ近くに綺麗に着地する。 …が、着地するも何やら2人は夜魔同様の嫌そうな顔をして、 自分達を見ている3人には目もくれず、その場で騒ぎ出す。 「…ったくっ!!!あんだよいきなりっ!!!最悪だぜ!!!」 「海のやつらは何をしたんだ?あぁ、鱗に隙間に潮が挟まっちまった…。」 「………っ!!!そなたらは…!!!」 騒ぎ出しては、夜魔以上の嫌そうな態度をしていた。 しかし、この2人の姿は…近づいた3人には見覚えがあった。 …確か、この2人は陸と水の世界を行き来する配達員だと言っていた。 「宮守!井守!」 「…ん?んんっ…?」 ボレーラの肩に乗ったまま、驚いた顔をして歩目がその2人の名前を呼ぶ。 歩目に名前を呼ばれると、嫌そうに身体中を手で払いながらも顔を上げる。 「…んっ、あ、あれ…あんた、歩目だったっけ?」 「うむ、そうじゃ!そなたら、なぜこんなところに━━━━━。」 「どうしたもこうもねぇよっ!!」 歩目の方を向くも、何かを聞こうとした歩目の言葉を遮り、 井守が怒りをぶつけんと言わんばかりに叫ぶ。 「川で配達やってたら、淡水に紛れていきなり海水が流れてきたんだよっ!!  それで、その潮が身体に纏わりついて、息苦しいったらありゃしねぇっ!!  おれは蛙みたいなもんだっ!!口はあっても皮膚呼吸だっ!!  皮膚に潮がついたら呼吸器官が詰まって窒息しちまうじゃねぇかっ!!!」 「そんなこと、わらわに言われても困るわ………。」 ………なんだか、かなりご立腹の様子。 歩目の話に聞く耳を持たず、井守は溜まっている鬱憤を晴らさんと怒鳴り散らす。 物凄く怒った顔で言うのに、歩目は呆れた様子で適当に聞き流す。 …井守の愚痴のような台詞に、夜魔は1人納得していた。 「…井守、命の危険性が及びそうになったのはわかるが、…ちょっと落ち着け。」 「………はぁっ………はぁっ………。」 堪忍袋が切れてしまった井守を、宮守が目を伏せて宥めた。 宮守の背中を撫でられることで、井守は息を切らしながらも、 荒い呼吸を何度も繰り返すことで自分自身を落ち着かせる。 ………井守が少しずつ落ち着いてきたところで、宮守は「はぁ…。」と大きな溜息をつく。 「…とまぁ、こっちは大方井守が言った通りだ。  ぼくは鱗に潮が挟まる程度で収まるんだが、井守はそうはいかなくてな…。」 「ふむ、それで陸へ上がってきたのじゃな?」 「あぁ、そうだ。」 「なんがや〜。獲物だと思ってたら宮守と井守だったがや…。」 「だったじゃねぇよっ!!こっちにとっては大変なんだからな!!!  喰われて死ぬとか、病死で死ぬとかよりもみっともねぇよ!!!」 「………。」 「井守、だからなぁ…。」 宮守が話すと、歩目も納得した様子で頷いた。 …一旦落ち着いたと思ったら、ボレーラの台詞に反応してまた怒り出す井守を、 宮守は…やれやれと、また溜息をついた。 「井守に危険が及んだにせよ、淡水域に海水が流れ込むというのは危険なことなのか?」 「あぁ、本当なら…陸と海とで分かれてるように、淡水と海水も分かれてるもんなんだよ。」 「しかし、今は見ればわかるじゃろうがこの有様じゃ…。  その2つが混同してしまったということは、異常なことなのじゃろうな。」  宮守、井守、しばしこの周辺の様子を見てみるがいい。」 「周辺…?」 歩目にそう言われ、宮守と井守は着地地点を中心の辺りを見回した。 陸の川の水が浸水し、その水には更に海水も混ざっている。 …よく見ると、陸の世界には存在しない、海の生き物や人も打ちあげられていた。 この惨事を見て、宮守は深刻そうな顔をして…井守はギョッとする。 「…危険が及んだのは、井守だけではないということか。」 「ちょっ…、おまっ…、な、なんだよこの光景っ…!  なんか、上位の種族が野性化して無差別に食い殺したみてぇじゃねぇかっ…!」 「上位の種族か…。念のために言っておくが、ぼくがこんなことをしたんじゃないぞ。  なんせぼくは、この井守と共にここに逃げてきたのだからな。」 「大丈夫じゃ。わかっとるよ、宮守。」 宮守と井守がそれぞれ違った反応を見せると、 それに対して歩目が少し困ったように笑った。 ………宮守と井守のせいではないというのなら、 一体何が原因でこうなってしまったのだろう? それに気付いたボレーラが首を傾げながら問いかける。 「なら、なんでこんなことになったがや?  まさか、その海の世界で何かあったがや?」 ボレーラのこの問いを聞いて、宮守と井守がハッとして顔を見合わせた。 2人揃ってボレーラの方を見るが、首を左右に振る。 「…あいにく、それはぼくらにもわからない。  ただ、少なくとも海の方で何かが起こり、津波が起こって陸の方にも押し寄せたんだとは思う。」 「津波?」 「あぁ…。この被害の様子、見ての通り原因は津波に間違いないだろう。  その原因を調べることは、海の者の力を借りなければ出来ないだろうが…。」 ボレーラの問いに対し、宮守が少し険しい顔をして説明した。 津波により海の者が陸に流され、放り出された。 津波により川や水位を増し、地面へと浸水して脅かした。 「なぁ、それだったら…海の知り合いのあいつ…大丈夫かな?」 「海の知り合いじゃと?井守、そやつは一体誰なのじゃ?」 「あれ?あんたらには、前に話さなかったっけ?  おれと宮守には、陸の世界の川で会った知り合いがいるって…。」 「…?あ、あぁ、そう言えばそうじゃったのう。」 井守の台詞を疑問に思った歩目が尋ねると、井守はそのときのことを含めて答えた。 海の知り合い…、それにピンと来たらしく、宮守が井守の方を見て訪ねる。 「…井守、こうしている場合じゃないかもな。」 「………は?」 いきなり、何をしようと言うのだろう? 海への方角をまっすぐに見つめていう宮守に、井守はわけがわからないと首を傾げる。 怪訝そうな顔をしては、頭の真上にクエスチョンマークまで浮かべている。 そんな井守の様子を、首だけを向けて宮守は提案する。 「この津波の原因を調べた方がよさそうだ。  もし海の知り合いの身に何かが起こったなら…、助けに行く義務はあるだろう?」 「助けに行くって………、プロンジェをか?」 「ぼく達の知り合いなんて、海の世界じゃあ他に誰がいるんだよ。」 「そりゃあそうだけど…、だってあのプロンジェだぜ?  プロンジェだったら、その津波の原因もなんとかしてくれると思うけど…?」 「いや…、ぼくからしてみれば、寧ろプロンジェだから心配なんだ。」 「へ?ちょっ、ちょっと待て。そりゃあ一体どういうことだよ!」 「そのわけは後に詳しく話す。」 宮守の提案を聞き、井守がまますますよくわからないという顔をする。 わけがわからない、この点は2人のやりとりを聞いていた夜魔とボレーラも同様だった。 一方、歩目の方はというと…宮守の提案の意図を察したらしく、 腕を組んで海を見つめる宮守の方を向く。 「…以前、そなたが大暴れをすることになったその原因と関係があると、睨んでおるのか?」 「ご名答。ぼく達は勿論、海には手を出せないとは言い切れないからな。」 歩目が目を細めて言うと、宮守も頷いた。 「…ぼくの大蛇としての大暴れと、この津波の被害。  いずれにせよ、…あの2人をこの世界で見てからのことだ。  井守、よく考えてみてくれ。あのプロンジェなら、陸へ足を運ぶことも容易なことだ。  おまけに、あいつはああ見えて好奇心があるからな。  …あの2人がもしプロンジェに会っているなら、手を出してる可能性は十分にある。」 「マジでパネェから、逆に狙われるってことか?」 「ぼくを例に取り上げると、あの2人は強い種族の者に目をつけていなかったか?」 「んー…、そんなこと言われても、おれはその2人を直接見たわけじゃねぇし…。歩目、あんたはどう思う?」 「そなたと同様に直接話したわけではないものの、  強い種族に目をつけるという宮守の意見は、…わらわも同感じゃ。」 「プロンジェの種族は、海の世界の種族の中では頂点に位置する。  あちらには、今も存在し続ける怪物は少ないからな。」 宮守が自分の予測を話すと、井守はちょっと悩ましそうな顔をして、 歩目は表情を変えずにコクリと頷いた。 疑問と同意の台詞を言う2人の方へ、宮守はくるりと振り向く。 「…井守、ひとまずプロンジェ本人に会った方がよさそうだ。  突然で悪いが、一緒に来てくれないか?」 「マジで!?またあの海水入んの!?」 「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。  ぼくとしては、おまえが嫌だと言っても連れてくつもりだ。  もし拒み続けたならどうなるか、………わかっているな!?」 『━━━━━カッ!!!!』 「………ひいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!?」 海水に入るのはもう嫌だと言おうとすると、宮守の顔が蛇へと変化した。 同じ住居に住んでいるときは家族、同じ職場にいるときは同僚と対等の関係になるが、 1つの自然の世界へ入るとなれば…、宮守と井守は双方の種族から上下関係が出来てしまう。 「わ…わぁったわぁった!!おれも行きゃあいいんだろ行きゃあっ!!」 宮守が大蛇となれば、蛙である自分はもう逆らえない。 井守は蛇に睨まれる蛙となり、…命が惜しいのなら従うしか生きる道がない。 宮守の変化を見て、井守は顔を青くして…引きつらせて必死にコクコクと頷いている。 そんな2人を見て、 「………種族の力から来る上下関係って怖いがや。  おいらは…、その関係に入らない種族でよかったがや………。」 鬼という生物ではない種族を持ち合わせているボレーラが、「ふぅ…。」と息を吐いた。 井守が行くと言うのを聞いて、宮守はちょっと嬉しそうな顔をして両手を組んでいた。 ニコニコとしては、無邪気な少女のように井守を見つめていた。 「…ならば、わらわ達はどうするべきじゃろうか?」 陸とは別の世界に赴くことは出来たとしても、自分は宮守とは違い、戦うことは出来ない。 そこにいることによって存在する意味そのものを表す種族である歩目は、困った顔をしていた。 役に立ちたくても立てられない…。自分の未熟さを情けなく思っている歩目に、宮守が伝える。 「おまえ達は陸に残って、倭国を守ってほしいんだ。  ぼくと井守は暫く旅に出る。その間………。」 「あのプロンジェに会うとなれば、どれくらい日数かかるかなんてわかんねぇからな。」 困った顔の歩目に、宮守が微笑しながら伝えた。 「戦えないことに苦を感じることはない。出来ないことは恥ずかしいことではない。  それでも、おまえ達にも出来ることはあるだろう?」 「倭国に残って、皆を守れってことがや?」 「あぁ。倭国の皆には…、ぼくよりもおまえ達の方が慕われてるだろうからな。」 「………っ。」 宮守は、歩目、夜魔、ボレーラの3人に威厳を持ってそう伝えた。 …戦えない。出来ない。しかし、それでも自分達を必要としてくれている宮守に…、 3人は嬉しくなり、少し…泣きそうにもなった。 宮守は、自分達をいらない者達とは言わず、そんな自分達に…倭国という国全体を託した。 「…わかった。ならばそなたの言う通り、わらわ達は倭国を守ろうぞ。」 微笑する宮守に、歩目も小さな笑みを返した━━━━━。 ………。 「━━━━━話は聞かせてもらったよ、宮守。」 「━━━━━っ?」 この場から、歩目達に倭国へ向かってもらったその後のこと。 それと入れ替わるように…、残った宮守と井守の背後から、 背の高い2人組の男女が、水の中から姿を現す。 宮守と井守が、声のした方へ一緒に振り向く。 その2人のうち1人の男性の方には、見覚えがあった。 いや…、寧ろ自分達が丁度探しに行こうと考えていた人物。 まさか、こんなところで会おうとは………。 「…プロンジェ!?おまえ…!。」 「やぁ、久しぶりだな。井守も。」 「お、お、おぅ!」 プロンジェがニコッと笑って挨拶をすれば、宮守と井守が驚いた顔をする。 戸惑いながらも挨拶を返せば、井守の方がプロンジェに近づいて話し掛ける。 「いやー、よくわかんねぇけど、ちょうどよかったぜプロンジェ!  おれと宮守、今からあんたを探しにいくつもりだったんだ!」 「それはずばり、この水害の原因のことを聞こうと?」 「うわっ!?よくわかったなぁ!!やっぱあんた鋭いわ…。」 「プロンジェがいれば、真実を暴くということもそう難しくはございませんね。」 「…おや?そっちの単眼の女性は?」 「おれの館の主だよ。彼女は━━━━━。」 井守が喜んだ様子で言うのを聞き、プロンジェが少し首を傾げながら尋ねた。 自分達の目的を見事に当てられた井守は、感嘆の声を漏らす。 プロンジェの隣にいるシェリーがくすくすと笑えば、宮守がふとそちらを向く。 プロンジェがシェリーのことを簡単に紹介しようとしたとき。 『━━━━━ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!!!!』 この世界全体に、大きな衝撃が走った。 彼の再臨を示す大地震が、暫くの間止むことなく起こり続ける。 『F-03 それぞれ』に続く。