「━━━━━おい、エアリー…一体どういうことなんだ?」 「………。」 …その頃、オクトラーケンの者達に導かれ、陸の世界に戻ったエアリーと大聖が、 倭国のある方角とはまったく逆の方角へと歩いていた。 黙り込んでは、ときどき来る大聖の問いに対して小さい声で答えながら、遅い足取りで前を歩いていく。 …顔を少し俯かせて、何か考え事をしているかのようなぼんやりとした顔で、自分の足元を見ながら歩く。 そんなエアリーの隣を、大聖が声を少し荒げて話しながら歩く。まだ旅を続けるとはいうものの、 オクトラーケンの者達と別れる前に聞いた目的とは異なることを聞き、大聖は戸惑っている。 聞かれても黙り込んで俯くエアリーに、大聖は心配そうに顔を覗かせる。 「…お前らしくないぞ。一体どうしたんだ?」 「………。」 「自分の武器屋に戻る?それはなんでだ?」 「………………。」 …今は、どんなに自分が黙ろうが、大聖の意思に背こうが…大聖が反論することなかった。 あれほど元気で前向きなエアリーが、ここまで不安そうにしているのを見て、心配になっている。 自分を心配してくれている、…それはエアリーにも伝わっている。 背の高い自分の顔を、上目遣いで自分を見つめる大聖に、エアリーはぐぐもった声で理由を話す。 「…わたしの武器屋。あるでしょ。」 「あぁ…。…で、それが一体どうしたんだ?」 「大聖…、真剣に聞いてほしいの。あの、さ…。」 ━━━━━プロンジェが言ってた話でさ、陸の世界の武器屋で出てきたでしょ? それで、プロンジェはその武器屋であの兵器を貰って、意思を失って…。 この話を聞いて、わたしは心配になってきたの。 あの………、自分の武器屋に、もしかしたら何かあったんじゃないかって………━━━━━。 「…要は、それで武器屋へ一旦戻って様子を見に行こうということか?」 「………うん………。」 …それなら、ここまで心配そうにしているのもわかる。 武器。それはエアリーにとっては大事な分野だ。 それを取り扱う自分の店が、自分のいないうちに何者かに襲撃されて、もし…乗っ取られたとしたなら…。 「それでさ、今ちょっとそのことで悩んでるの。  自分がしたいことをするために旅に出たのはいいけれど、  自分の居場所のモノをほったらかす…。それって、なんか無責任なことなんじゃないかって…。」 「………。」 ………ここまで落ち込んでいるエアリーは珍しい。 珍しい、と言えば不謹慎に聞こえるかもしれないが、 普段のエアリーを知る大聖にとっては物凄く意外だった。 初めて見たエアリーの様子に、大聖は少し目を見開きながらも黙る。 そのまま少し様子を眺めて、大聖は考えてみる。 明るく振る舞っているように見えて。 猪突猛進的で、勢いだけで行動しているように見えて。 ━━━━━もしかしたら、今のような不安とかも持ってたのかもな………。 女独り身で旅に出るなんて、軽い気持ちでしていいものではない。 自分の身に何が起こるかわからないという覚悟を決めてのことだろう。 計画性はない、ただ…それだけに明るく強い奴かと思ったが、 それを皆に見せないように振る舞ってた、とか…? 今までのエアリーと、今自分が知ったエアリーとを見比べながら、大聖が口を開く。 「エアリー。その…なんというか…そういうことをそんなに重く捉えることはないと思うんだ…。」 「………へ?」 小さく笑って言う大聖の顔を、エアリーは間抜けな声をあげて見る。 「確かに、お前の防犯不足が原因というのもあるだろう。  だが、一番悪いのは、実際にそういう行為をする奴の方なんじゃないのか?」 「そ、そうなのかなぁ…。で…でも…。」 「お前が責任不足だというなら、俺にも同じことが言える。  自分の住居に1人しか住んでいないお前がどこかに出かける、  居場所のモノを放置してしまうことは、避けられないことだろう?」 「う、うーん…。」 「…お前の持っている覚悟というのは、誰もいない自分の店に、  何かが起こるかもしれないという部分も含まれてるんじゃないのか?」 「………あ………。」 大聖が優しく微笑しながら言うのを聞き、エアリーはハッとして声をあげた。 そんなエアリーに、大聖がクスリと笑って、更に付け足すように言う。 「俺は、お前がどうしようが文句は言わない。  覚悟をし続けていても、ときにその精神が揺らぐことがあるのは知ってるからな。」 「…大聖…。」 にっこりと笑い大聖にそう言われ、エアリーも俯かせていた顔をあげた。 そして、大聖に見せたのは、なんとも意外そうな顔。 「…?…どうした?」 「…あ、いえ…、まさか、あの大聖に励まされるなんて、って考えて…。」 「…どういうことだ?“あの”っていうのは。俺はそんなに捻くれていたか?」 「えぇ。警戒心が強くて、人をあんまり信用しなくて………。  あれしろこれしろとか、命令だけは達者で…。」 「…俺はお前にそんなに命令したか?」 「あははっ、ごめんごめん。」 エアリーが意外だという様子でそう言えば、大聖が顔をしかめた。 両手を腰に当て、エアリーを少し睨むように見つめて聞き返す。 途端の態度の変わった大聖を見て、エアリーが吹き出す。 「………でも。」 笑いながら謝ったその後、エアリーもニッコリ笑って。 「━━━━━大聖、いつもありがとうね。」 …今まで自分を守ってくれた数にふさわしい柔らかい声と笑みで、御礼を言った。 「━━━━━ッ…!!?」 その声と顔を綺麗に思ってしまい、罰が悪くなったのかエアリーに背を向ける。 バッと振り返り、景色しかない先を見つめては…顔を赤くする。 「ばっ…、馬鹿!人間を守るなんて、仮にも神として当然だろうっ!」 「あれっ?そうだっけ?」 「そっ…、そうだよっ!」 エアリーから背を向けながら、大聖が大声で言う。 今自分がエアリーに抱いている感情を否定するかのように、声を張り上げる。 しかし…、そうしたところで説得力の欠片もないことなんて、わかっている。 だって………。 「まぁ…、捻くれてるのは、今も変わらないか。」 …捻くれてなんか、と振り返ろうとしたなら、 赤くなった自分の顔が、見られてしまう。 自分に背を向けながら、恥ずかしそうにしている大聖を…エアリーは笑みを絶やさずに見つめていた。 そして、大聖の左手を自分の右手で握る。 「なっ━━━━━!!!?」 「さぁ、いつまでも不安がっていられないわ!  早く、自分の武器屋に向かいましょうっ!」 「おっ…、おおおいっ!!」 握った大聖の手を引っ張りながら、エアリーは嬉しそうに歩いていく。 大聖が、動揺しながらもやがてエアリーの隣に並び、 自分の武器屋を目的地に…新たな街へと向かっていった。 ━━━━━2人がその途中の関所に辿りついたとき。 『………ドッゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォォンッ!!!!』 大爆発が起こり、黒い色のした火炎が空高く舞い上がった━━━━━。 『それぞれ』 ━━━━━もうっ!…純人間の連続殺人、浸水と津波、今の大爆発っ…! 自然災害相手にはどうしようもないとはわかってるものの、この世界って本当に物騒過ぎるわよっ! アタシ達の種族格差の、弱肉強食的価値観だって消えてないのにさぁ。 そうそう、こないだもお腹空かせた獣人や鱗人に狙われたわ!もー、やんなっちゃう! 野性化してますっていう危険な目つきで、アタシを見ないでちょうだい! はぁ…、こんなときアタシにも武器とか使えたらなぁ…。 武器は、この世界において種族格差を無くし、人々を平等にする物として知られてるの。 そりゃあ…使う人次第では鬼に金棒、凶器になるから完全にとは言えないけれど…。 ただ、武器は使う人や種族を選びがちなのよねぇ…。 武器屋に行ったら、アタシにも使えそうな物薦めてくれるのかしら? 額から生える1対の小さな翼。後頭部にオカメインコのような鶏冠。 薄いピンク色をした肌に、その色とり少し濃い色の…長く綺麗な髪。 ウェイトレスが着るような…しかし下半身はズボンである青い服。 そして…、靴の先から剥き出しになっている鳥の爪。 空高く舞い上がる黒い炎を見ては、身の危険を感じ、彼女も関所の方へと走っていく。 その黒い炎の正体。それは…ここに来る途中、人々が口ぐちに話していた。 現場の方へ集まる野次馬の間を走り、人気のない関所の方へ向かう。 炎は、止むことなく…空で激しく燃え盛っていた。 ………関所へくぐったその直後のこと。 『━━━━━ドンッ!!!』 「━━━━━きゃっ!!?」 「━━━━━いたっ!!?」 …同じように関所に入った2人と、彼女がぶつかった。 真正面からぶつかり合った2人は後方へ吹っ飛ばされ、そこで尻もちをつく。 『ドスンッ!』と勢いのまま尻もちをついては、痛そうに背中から腰にかけての範囲を擦る。 「お、おい!大丈夫か!?」 「うっ…、う〜んっ…。」 彼女とぶつかったのは、先に関所に入ったエアリーの方だった。 1人ぶつからなかった大聖が、尻もちをついたエアリーの方へ慌てて駆け寄る。 エアリーのすぐ隣にしゃがみ込み、エアリーの肩に触れて顔色を覗く。 エアリーの方は、尻もちをついた際に痛みに、顔を少ししかめてみた。 大聖の声をかけられると、「だ、大丈夫…。」と小さな声で答える。 そうして、下に向けていた視線を、自分とぶつかった彼女に向ける。 エアリーの目に見えたのは、内股で座り込んでいる鳥の人。 その人の方を向いても、「もう!気をつけてよ!」や「どこ見てるの!?」などは言わない。 ぶつかって痛い思いをした原因は、自分にもあったからだ。 大聖の肩を借りながら立ち上がると、自分とぶつかった彼女の方を見る。 「…あ!ちょっと!ねぇ、大丈夫!?」 「いたーい!!」 「ごっ…、ごめんなさい!よそ見してたわね…。」 立ち上がるなり彼女の方へ駆け寄り、しゃがみ込んで彼女の様子を窺う。 頭を下げ、謝罪の台詞と共に彼女の容態を見る。 一方、彼女の方は甲高い声で叫び、怒った様子でピョンと立ち上がる。 …起こってはいたのだが、走ってやってきたのは自分の方だと気付けば、 くるっとそっぽを向いて目を瞑る。腕まで組んでいる様子は、どこか素直ではなかった。 「もっ…もうっ!アナタ、アタシが走ってくることは見えたなり、  ちょっとは避けようとか思わなかったの!!?  こっちは急スピードで走ってたの!!いきなり止まれるわけないじゃない!!」 「逆に言えば、そちらから走ってきてぶつかってしまったんだろう?  お互い様だろうが、少しは謝ろうという気はないのか?」 「うっ………。」 謝るエアリーにあたるように怒鳴り散らす彼女を見て、 大聖がかなり呆れた様子でそういうと、彼女は固まった。 彼女はそっぽを向くのをやめ、エアリーと大聖の方を見る。 「はぁ…、まったく、わかったわよ。  急いで走ってたアタシの方も悪かったわ。ごめん!」 「まったく、…はこっちの台詞だ。最初からそう謝ればいいものを…。」 「大聖、あなたも人のこと言えるわけ…?」 両手を腰に当てて威張るように言う様が、どこか気に食わない。 とはいっても、一先ずは謝ってくれたので、大聖はそれ以上のことは触れなかった。 呆れる大聖にエアリーが密かに呟くも、 エアリーはすぐに彼女の方を見て問いかける。 「ねぇ、急いで走ってたって言ってたけど、何で急いでたの?」 「…へ?何で急いでたって、そりゃあ…。」 「おいおい、まさか今の衝突でその理由を忘れたとか言わないだろうな?」 「んなわけないでしょ!あれは、身体が焦げる程危険なことなのよ!!  アナタ達もここに来る際見なかったの!!?あの黒い炎に、大爆発!!」 「黒い炎に、大爆発だって………!!?」 エアリーと大聖が問いかけると、彼女はムッとしながらも答えてくれた。 彼女の話を聞いた2人は、顔を見合わせてから空を見上げる。 ━━━━━彼女の言う通り、空には煙と黒い炎が舞い上がっていた。 それを自身の目で確認し、揃ってギョッとしてから彼女に視線を戻す。 …彼女は、少し緊張した様子で2人の方を見ている。 「アタシはシングレーズ。…安全に働ける場所を見つけようって旅してるんだけどさ。  陸の世界から来たの。この世界にどこかにある幻想の世界を目指してるの。  その道中、いきなりあんな爆発が起こったから…、避難場所探してたの。」 「安全に働ける場所を探してる?じゃあ、あなたも働く仲間を探して、とか?」 「アタシの場合は、仲間じゃなくて場所ね。  こんな物騒な世界じゃあ…無茶は承知っても程があるわ。」 「へぇー!」 彼女…シングレーズが少し落ち込んだ様子で理由を話した。 シングレースの目的を聞いたエアリーの表情が、パッと明るくなる。 エアリーのその変化から、大聖はシングレースを自分の従業員にならないか誘う気だと、苦笑いを浮かべる。 …鳥人という他の種族との格差が高くもなく低くもない種族。 シングレーズの、エアリーの目的と近い目的から思うと、 大聖は…今回は傍で聞いてみることにした。シングレースが安全を求めているなら、 純人間ゆえに種族格差に囚われないエアリーがいるということは…、 最も安全に近いということくらいにはなりそうだと思ったからだ。 人であると同時に動物でもある者達。 その人の方を重点的に見る純人間なら…野性化することもなければ、 動物と見做して家畜にされるなどといったことは希だからだ。 シングレーズが目的を話せば、エアリーも自分の目的を話す。 「わたしはね、陸の街で武器屋をやってるの。でも、今は従業員が足りなくて…。  それで、武器のこと勉強しながら一緒に働いてくれる仲間を探してるの。」 「あら!なんて偶然なのかしら!」 エアリーが笑顔で説明すると、シングレーズが驚いた顔をして『ピョンッ!』と飛び上がった。 着地したかと思うと、がっつくようにエアリーに近づく。 「ねぇねぇ!仲間を探してるってことは、アナタはそのお店の店主ってことよね!?」 「え?まぁそうだけど…。」 「それだったらお願い!その武器屋に一度アタシも連れてって!  もし幻想世界よりそこの方が安全だとわかったら、アタシ、アナタのところで働きたいわ!」 「本当っ!?興味を持ってもらえて何よりだわっ!」 キラキラと目を輝かせてシングレースが答えると、エアリーも嬉しそうに返した。 …エアリーの誘いに相手の方からこう頼み込んだことは、もしかしたら初めてかもしれない…。 「ならちょうどいいわ!わたし達実は、一度その武器屋に帰るつもりだったの。  シングレーズ、あなたもわたし達も一緒に来る?」 「えっ?いいの?」 「勿論よ!あなたなら大歓迎だわ!」 「じゃあ、アタシも一緒に行くね!」 「…っ!?…お、おいっ!エアリー!また勝手に…!」 「でも、シングレースは喜んで行くって言ってるわよ?  そんな彼女の頼みを断る理由なんて、ないんじゃない?」 「うっ…、まぁ、それもそうだが………。」 「アハハッ、あっさり丸めこまれちゃったわね〜。」 「………。」 エアリーの誘いにシングレーズが喜ぶも、シングレースの同行を勝手に了解したエアリーに、 大聖が何かを言おうとするも、エアリーがすぐに答えを返した。 …確かに、シングレースの好意を背く理由は大聖にもなかった。 エアリーに言い返されるも、それに対する返答が出来ず、大聖は口を止める。 そんな大聖を見て、シングレーズはあどけない顔で笑った。 無邪気に笑うシングレースを黙ったまま見つめた後、 大聖がハッとしてシングレースの方を向く。 「大聖?どうしたの?」 「…!…シ、シングレース!ところでなんだが…。」 「あら、何かしら?」 「先程お前が言ってた幻想世界とは…、どの場所のことを言うんだ?」 「あ、それのことね。」 …この世界は、大まかに分けると3つに分けられる。 簡単に言うと、陸の世界、海の世界、そして…シングレースが言った幻想世界だ。 大聖の質問を聞くも、シングレースは困った顔をする。 「その世界がどこにあるかは…実はアタシもよく知らないの。  その世界は、“自分が今いる場所のすぐ隣にある”っていう話もあるし。」 「…?場所が特定出来ないってこと?」 「アタシも自信がないんだけどさ、多分そうだと思うわ。  どこにあるかとか、どうやったら入れるかなんて…わからないわ。  アタシもその世界を見てみたくて探してるけど、なかなか…。」 「そう、か………。」 なんと説明すればいいのか、とシングレースが悩みながら言うのを聞き、 大聖はエアリーとシングレースの方とは別の方を見つめる。 大聖が見つめた先は、先程黒い炎が舞い上がった方だ。 大聖の様子変化を見て、エアリーが顔を覗き込む。 「…今度は何かしら?」 「いや…、ちょっと思うことがあってな。」 「…?」 「先程俺達が見た爆発なんだが…、陸の世界で起こったと思われる割には…、なんか変じゃないか?  確かに、音と光景は実際に見聞きしたものの、爆発の被害を受けたと思われる様はないんだ…。」 「爆発の被害?例えば、人や建物が吹っ飛ぶとか?」 「あぁ、それどころか砂埃1つ立った様子がない。」 「「………。」」 腕を組んで話す大聖に、エアリーとシングレースは不思議そうな顔をしてその方向を見る。 見せかけの何かだとしたなら、このまま放っておいても大丈夫なのだろうか。 しかし、大聖が感じ取ったのはそれだけではなかった。 …目にしたあの黒い炎に大爆発。自分がかつて退治しろと言われたモノに似ていた。 大聖は目を伏せ、考え込む。そして、出した結論は………。 「大聖、何か思いついたの?」 「…エアリー、シングレース、すまない。」 「え?どういうこと?アタシ、アナタに何か悪いことされた覚えは………。」 「いや、そういう迷惑は今からかけてしまうことだ━━━━━。  ━━━━━悪いが、俺はここで別行動をさせてもらう。」 大聖のその答えを聞いて、エアリーは思考が止まった………。 『F-04 ふしぎ』に続く。