━━━━━神々は昔…、大蛇(おろち)と竜…この2つの怪物と戦ってきた。 神々は人々を信じ、彼等を守るために武器を振るい、怪物達の鱗を貫いてきた。 その行為は、神々のとっては称えられるべき行為とされた。 一方、竜や大蛇にとっては━━━━━。 『しゅくめい』 ━━━━━如意金箍棒を構え、大聖がプラソンの後ろに回り込む。 凛とした掛け声とともに、如意棒を硬く尖らせれば、その先端をプラソンの背中に向け、突く。 プラソンの方は、それに気付いた直後腕を上げ、それを軽々と振り払う。 『………キィイイィインッ!!!』 背中に向かって突き出した如意棒をプラソンの強靭な腕によって弾かれ、大聖の手元から吹っ飛ぶ。 自分の武器が吹っ飛べば自身も吹っ飛んでいく大聖に追い打ちをかけんと、 プラソンは駆け出し大聖の腹部に向かって腕を槍のように突き出す。 指先の爪を刃の如く尖らせ、大聖に攻撃しようとする。 それを阻止しようと、井守が毒を仕込んだ十拳剣をプラソンの腕目がけて投げつける。 力で敵わないなら、別の手段で押さえて打ち勝つ。井守が編み出した戦術がそれだ。 剣をクナイ手裏剣のように真横に投げ、プラソンの攻撃を阻止を狙う。すると、 『ゴオオオオオォォォォォォッ!!!!』 「いっ!!?」 大聖の腹部に攻撃を当てる直前の井守の行動を見抜き、プラソンは井守に向かって黒い炎を吐く。 首だけを向け腕の方は大聖への攻撃を継続するその様に、無駄な動きはなかった。 黒い炎が自分に向かって吐き出された直後、井守は動揺の声を上げて、 その場に屈むことによってその黒き炎を避ける。 間一髪のところで避けられたものの、黒い炎は井守の身体の湿気を奪い、肌を乾燥させた。 乾燥した一部の肌や髪が、じわりじわりと井守に苦痛を与える。 「っ………!」 自分の投げた十拳剣ごと黒い炎に吹き飛ばされ、 井守はその剣と共にうつ伏せになって倒れ込んでいる。 乾燥した自分の肌に辛さを覚えながらも、井守は吹っ飛ばされた剣の柄を手に取り、握り締める。 …井守が一時的に倒れたその近くでは、プラソンの腕突きを大聖がなんとか避けたのが見えた。 井守が投げた剣により一瞬隙が出来、それが大聖に回避のチャンスを与えてくれたのだ。 プラソンの爪先は大聖の腰のあたりを掠り、大聖の黄色い服を少し切る。 プラソンの攻撃を避けられたその後、大聖は大きな隙が出来ている井守の前に移動する。 大聖は、吹っ飛ばされた如意棒を拾うことをせず、井守の命を優先した。 「おいおい、武器なしに一体どうやってこのオレと戦おうってのかねぇ?」 「くっ………。」 井守を庇うように立った大聖の行動を見て、プラソンが馬鹿にするように笑う。 相手が神だと知ったうえでの、煽ることを目的とした挑発だと大聖は思い、落ち着きを保とうとする。 …わかっている。武器なしにこの竜を止めることは出来ないということを。 神の術や素手による攻撃が一切効かないくらいの、その頑丈な鱗。 これらは大蛇である宮守も同じだが、その宮守とは精神が大きく異なる。 ………沢山いた竜や大蛇達の中で、このプラソン程捻じ曲がったものはいないだろう。 大聖が武器を手に取る暇もなく、プラソンがこのまま黒い炎で焼き殺そうとしたその後ろから、 大聖と井守から気を逸らさせるように、宮守が背後から声をかける。 「どこを見てる!!こっちだ!!!」 「あん?」 『…スッ…。』 誘うように声をかけた直後、宮守が目に見えない速さで駆け出した。 宮守の声は聞こえたものの、プラソンがそれに反応を示して振り向いても、背後に宮守の姿はない。 確かに声は自分の後ろから聞こえた。だが…その声の主はどこにもいない。 それに対し、プラソンが疑問の声を上げる。 首だけで背後を向き、声を上げた頃には…宮守はプラソンの死角まで迫っていた。 物音や気配1つ立てないその見事な欺きには、流石のプラソンも気付けなかったようだ。 『ヒュンッ!!!………ガシッ!!!!』 「がっ!!?」 『ギシッ…!!ギシギシッ…!!!』 プラソンが自分の居場所に勘づく前に、宮守は蛇の髪を伸ばしプラソンを身体全体を締め付ける。 プラソンの硬い鱗によりダメージを与えられなくとも、動きを止めるのには十分だと判断する。 大聖と井守は、その間に武器を手に取り体勢を整える。 自分の首や、腕を身体を共に締め付けられたプラソンが、わずかに顔を歪ます。 自分を締め付けている宮守の髪の先端が、僅かに大蛇(だいじゃ)の変化していることに気付いた。 首を締め付ける髪に両手を移動させ、鋭い牙で髪に噛みついて引き千切ろうとする。 大蛇に変化しつつある自分の髪を噛みつかれたことにより、宮守も苦痛に顔を歪ますが、 それを堪えて草薙剣の構え、プラソンの額目がけて突き刺そうとする。 妖しくも美しい、黄緑色の光を放つそれが、プラソンの目に映る。 「………くらえっ!!」 目より上の部位を攻撃しこから血を流させることで、まずは視界から奪わせようとする。 宮守が草薙剣を突き出し、プラソンに攻撃をしかけた。 腕は、蛇の髪に縛られて動かない。ならば………。 自分に草薙剣を突き刺そうとしていることはわかった直後、 宮守の髪を噛んでいた口を一度離し、目を見開きプラソンは黒い炎で反撃する。 『ゴバッ!!!』と大きな音を立てて吐かれたその勢いに、宮守は怯んで攻撃の機会を奪われる。 また、小柄さを活かして大柄なプラソンの肩に乗っかっていたその足も宙に浮く。 ただ、プラソンを髪で縛りつけていたがために、宮守は吹っ飛ばされることなく片方の手でプラソンの腕を掴む。 プラソンの吐いた黒い炎は、非常に近い特徴や能力を持つ宮守には大した効果はなく、 宮守にダメージを受けている様子はなかった。それは無傷に等しい様だ…。 傷のついていない宮守を見て、プラソンは驚いた顔をする。その直後…不敵な笑みを浮かべた。 髪の蛇に、炎を受けても平気な様。 それらの特徴を見て、プラソンは宮守の正体を再確認する。 …自分達竜と同じ道を歩いてきたはずの、大蛇達のことを…。 「…へっ、やっぱそのガキは━━━━━。」 「宮守に何しやがるっ!!!」 「…っ!!」 プラソンが宮守の顔を見て何かを言いかけたところで、井守の声が響く。 井守の声に素早く反応を示し振り向けば、毒牙の剣が自分に振り下ろされようとしていた。 それを見たプラソンは、全身から黒い炎を巻き起こさせる。 「…テメェらっ!!!離れろっ!!!邪魔くせぇんだよっ!!!!」 『ドゴォオンッ!!!!』 「うおっ!!?」「うあっ!!?」 黒い炎を全身から放ち、大爆発を起こさせその場に大きなクレーターを作り出した。 これらの衝撃で、斬りかかった井守はおろか縛り付けていた宮守も吹っ飛ばされる。 プラソンの怒りのこもった声が聞こえた直後、何かをしてくるという予感は出来たが、 それが何なのかは察することが出来ず、宮守と井守は共に吹っ飛ばされた。 宮守はくるりと宙返りをしなんとか受け身を取るも、 井守の方は地に付き仰向けに倒れ込んでしまう。 「………宮守っ、井守っ………。」 「ガキの癖に、このオレに斬りかかろうたぁいい度胸じゃねぇか!!!」 自分の不意打ちを受け、地については再び起き上がろうとする2人に、 プラソンは若干何かが壊れたような笑みを浮かべて叫んだ。 宮守が剣を握り直し、膝をついて立ち上がろうとしながら小さく言う。 「…くそっ…。力及ばず、なのか…?」 「おい、2人とも大丈夫か?」 「?…あ、あぁ…。」 立ち上がろうとしている2人に、大聖が駆け付ける。 宮守と井守のおかげだ、大聖の手には如意棒が握られていた。 2人が立ち上がるのを支えながら、大聖がプラソンの方を睨む。 「プラソン…、オマエはこうやって、何人もの人々をっ…!」 「何人もの?そりゃそうだ。オレは何でも食えりゃあそれでいい。  よほどのゲテモンでない限りは、何でも喰ってきたんだ。」 「…妙に不可解だな。この世界の摂理上、人が相手でもただ喰うだけで牢獄送りにはされないはずだ。  ソマが言っていた。…お前は必要以上の命を殺したがために投獄されたと。  もしかして…、お前が殺人を犯すのは、食う以外の目的と理由もあるんじゃないのか?」 「さぁな。誰か喰うのに理由を聞きまくるなんて、厳し過ぎるったらありゃしねぇよ。」 「喰うという理由は許される。しかし、それ以外の理由で殺すということは許されるわけではないだろう?  この世界の住民は、半分は人間でもう半分は生物もしくは怪物だ。…その殆どがな。」 「あんだぁ?オマエ、オレに説教でもする気か?」 「そんな気はない。ただ俺は、お前が犯罪者として見做されたそのわけを知りたいだけだ。」 大聖が睨みながらもそう話せば、プラソンは答える気はないと突っぱねる。 それでも引かない大聖にしつこさを感じたのか、プラソンはうっとうしそうな顔をした。 「…オレがそう見做された理由なんて、寧ろオレ自身が知りたいぜ。」 「お前は、自分がなぜ囚われたのかがわからないのか?」 「そりゃそうだ。オレはあくまで食うために殺してきたんだ。  殺す理由なんて、それ以外の何もんでもねぇ。」 「…本当に、そうなのか?」 「オレ自身はそうだよ。罪人扱いってのは、テメェら神さんが勝手にしやがったことじゃねぇの?」 大聖の問いかけに対し、プラソンは首を左右に振ってそう答えた。 ソマは、プラソンは危険な犯罪者だと言っていたが…プラソン本人にその気はなかったのか。 プラソンの答えに、大聖が疑ってもう一度聞くと、プラソンは両腕を後頭部に回して組む。 ………自分が犯罪者だというのは、ソマやバイメンとはじめとした神々が勝手に決めたことではないのか。 このことを問いかけた際にプラソンの視線は、大聖ではなく宮守に向けれられていた。 今となっては、プラソンも宮守の正体などお見通しだ。 それで…それらのことを話すプラソンの声は、どこか淡々としたもので、その表情は…、無表情だった。 一度手と膝を地に付いた宮守も、プラソンが自分に視線を向けていることに気付く。 宮守は、井守とともに肩を組み合って立ち上がっていた。 身体を支え合う2人を、プラソンも黙って見つめている。 自分に視線を向けるプラソンに、宮守が口を開く。 チラリ、と大聖の方を横目で見てから、プラソンに落ち着かせるように話す。 「ここは、おまえ達竜と同じように扱われたぼく達大蛇から言わせてもらおう。  ずばり言うと、神々はぼく達の生き方や行動の意味を知らないまま、  ぼく達が人間を苦しめ脅かす。…それを理由に、ぼく達を厄介者扱いしてきたんだろう。」 「ケッ!やっぱそうか!勝手に人を厄介者扱いしやがって!オレら冤罪じゃねぇのか!?」 「いや、確かにぼく達からしてみればそうだが、神々達からしてみれば、当然のことではある。  なぜなら、神々は皆人間を愛してきているということだからな。  そんな者達を苦しめる存在を許さず、倒そうとすることは人間を守る彼等としては当然のことだ。」 「あんっ!!?テメェ、大蛇のクセに神さんの味方をしようってのか!!?」 「そう言ってはいないさ。ただ…、1つだけ確実に言えるのは、  神も竜も、大蛇も自分の生き方を貫いてる。…それだけだ。  だからとは言わないが、それ故に大蛇(ぼく)や竜(おまえ)は神々との戦いを繰り返していくのだろう。  双方の絶対に揺らぐことのない生き方のために衝突し、戦いを繰り返している。そう、今も。」 「………っ!」 ━━━━━双方の、生き方………━━━━━。 宮守が目を細めて、少し悲しそうにしながら説明した。 自分の種族である竜と非常に似た立場の大蛇である、宮守がそう言うと、プラソンは更に怒り出す。 …怒り出すも、先程のように雄たけびを上げることはせず、両手に握り拳を作り出し…震えていた。 プラソンは、話を聞いている途中で攻撃体勢に入ろうと構えていたが…いつの間にか、それをやめていた。 ………宮守の話を聞いて、プラソンは自分の心の中に、常にある気持ちがあったことに気付く。 ただ自分が人々を、必要以上の命を脅かす。それだけを理由に神々から罪人扱いされ、投獄された。 プラソンは、それが納得いかない。気にも喰わない。そして…理解も出来なかった。 自分は、ただ生きるために食い殺してきているというのに、なぜ罪人扱いされなければならないのか。 プラソンは、自分を勝手にそう扱う神々が、許せなかった。 怒り、憎しみ、恨み、そして………何をしても認められないという寂しさ、虚しさ。 命を食することで腹は満たされても、心が満たされることはなかった。 …ふと、プラソンは俯いたまま大聖の方を向く。 プラソンが自分の方を向いたことがわかると、大聖も如意棒を構え、様子を窺う。 大聖が構えると、プラソンも両手を構え、戦闘体勢になれるようにする。 「………なんなら。」 構えたまま、プラソンがこれまで聞かせたことのないくらいの小さな声で…呟く。 顔を上げ、赤い瞳をギロリと覗かせて…大聖を睨む。 そのまま、真っすぐ大聖の方を向いて、 「━━━━━…テメェら。もしコイツら神がくそったれなヤツらじゃねぇってなら、  それをこのオレに証明しやがれ。…この場でなっ!!」 ━━━━━オレを罪人扱いしねぇってなら、受け止めてみろよっ!!! 何かを決心したように冷たく、しかし力強く叫ぶと…プラソンは襲いかかった。 プラソンは、一直線に大聖の方へ飛びかかり、その黒く尖った爪を振り下ろす。 黒い刃を振り下ろされたのが見えると、大聖もすかさず如意棒でそれをガードする。 『キィンッ!!!』 …金属同士が打ち合ったような、鋭く短い音が鳴り響いた。 大聖がガードしているのにも関わらず、強引に切り裂こうとプラソンは腕を力を込める。 それはまるで、如意棒そのものをへし折ろうとしているかのよう…。 「オレから逃げんじゃねぇぞ!!!このクソ猿!!!」 「逃げはしない!!俺はお前が神に何をされたのかをもっと知りたい!!!」 「同情かぁ!!?余計なお世話だ!!敵視してるヤツに哀れられるなんて屈辱!!!」 「そんなつもりはない!!!俺は、お前達にあることをしたいだけだ!!!」 「あることだとぉ!!!?神が竜に何しるってんだよっ!!!」 『━━━━━ブンッ!!!!』 「━━━━━うわっ!!?」 それぞれ自分の武器をぶつかり合わせ、大聖は訴えるように、プラソンはそれを撥ね退けるように叫んだ。 …プラソンの表情には笑みはなく、怒りを露わにしていた。 そんなプラソンに手を伸ばそうとするかのように、大聖も険しい顔をしていた。 …話していたその途中で、大聖は力負けをして後方へ吹っ飛ばされる。 これで大聖が自分に殴りかかることは暫くないと、プラソンに安心している暇はない。 大聖を吹っ飛ばしても、自分の背後から宮守が迫ってきているのだから。 …宮守は、なるべく冷静さを保とうと正面から突っ込むことはせず、 プラソンと睨み合いにならないようにする。…プラソンは大蛇をも上回る竜。 それは種族的にも、純粋な力関係でもだ。…宮守は、極力の野性化を避けるために、 プラソンの目を見ないようにして奇襲をかける。 自身の長い髪を大蛇へと変化させ、プラソンの手首や喉元などの急所目がけて噛みつこうとする。 宮守は草薙剣を構えたまま、プラソンに音を立てずに接近する。 プラソンは、蛇と化した髪先の鳴き声の素早く反応し、 宮守の方を向くと同時に両手に黒いエネルギーを溜め、それを宮守に向かって放つ。 黒いエネルギーは両手から放たれる際に黒い刃の円盤となり、複数襲いかかる。 初めて見る攻撃方法に加え、他のどの種族でもこんな真似は出来ない。 それを見て一瞬驚くも、草薙剣を構えて宮守はそれを一刀両断する。 宮守に斬られた黒い刃の破片は遥か彼方に飛んでいき、 『ズバッ!!!!』 剣で斬ることの出来なかったそれは、宮守の髪を切っていく。 プラソンが繰り出した黒い刃を避け切れず、宮守は髪の一部を地に落とす。 一気に大量の髪を切り落とされたが、宮守に取り乱した様子はなく、 何かが上手くいったというような、ほくそ笑みを浮かべていた。 …大量の髪が切り落とされた中、それに紛れ込むように井守も動き出す。 プラソンが宮守に視線を向けたその隙に井守は跳躍し、プラソン目がけてすべての指先から大量の毒液を飛ばす。 人1人分覆ってしまいそうなくらいの量と、真上から音を立てずに降ったそれに気付くことが出来ず、 『バシャアアアアアアァァァァァッ!!!!』 「ぶっ!!?」 飛ばされた大量の毒液を、頭から被ってしまった。 それを被ったことにより、プラソンの全身はずぶ濡れになる。 素肌に掛かってしまった毒はじわり、じわりと身体に侵食していき、体内から破壊していく。 その変化と効果を肌で感じたプラソンは、目を口を閉じながら毒液を振り払う。 それはなんとも…何かの罰ゲームを受けたような醜い姿だったが、これに指差して笑う者は、この場にはいない。 毒液をある程度振り払ってから、プラソンが僅かに目を開けて井守の方を見る。 しかし、毒が口の中に入ることを懸念してか、声を出すことはしなかった。 「(ケッ…。毒蛙か。下位の種族で力ない癖に厄介なもんじゃねぇかっ…!)」 まずは、あいつから殺した方が良さそうだ、とプラソンは両手を構え、 宮守へ飛ばした黒い刃を、今度は井守に飛ばそうと手の平に黒い波動を作り出す。 プラソンがそうしている間、宮守の切られた髪に変化が起こっていた。 その様を見て、立ち上がった大聖は…ゴクリと息を飲んだ。 3人とプラソンの戦いは、まだ続いている。 ソマとバイメンは、間に合うのだろうか。 『G-09 けっちゃく』に続く。