━━━━━なんだ?コイツら…。オレを一体どうしよってんだ…? ━━━━━バイメンが、何も言わずにプラソンに近づいた。 意識は失ってはいないものの、プラソンは声を発さない。 ゆっくりと…ぎこちなく片腕を上げ、追い払うように手を振っている。 今のその様は…、以前のときとは違い、力を失っており…弱弱しい。 バイメンは、プラソンに拒絶されても退くことはしなかった。 大聖が刺したプラソンの胸元を見つめ、悲しそうに笑う。 「………やはり、竜は愚かなもののよぅ………。」 悲しそうに笑いながら、小さい声で呟いた。 竜を敵視し犯罪者扱いしてきた神々だが、バイメンの態度のその様はなかった。 その代わり、プラソンに抱いていたのは…謝罪と哀れみ。 「………のぅ、プラソン。………いや、何も言わんでえぇ。  なんせ、お前さん達竜がそうなってしまったのは…。」 「………っ。」 「プラソン。何も言わずに聞いてくれ。  お前さん達竜や大蛇の鱗が…あやゆる術を受け付けなくなった。  ………本当に、これはよかったものなんじゃろうか?」 何かを悔やむように、バイメンはプラソンの傷ついた胸部に片手を翳す。 その手のひらから、淡く黄色い光の放とうとする。 バイメンが放ったそれは、他者の身体の傷を癒す光。 だが…、こんな素晴らしいとも言える力も、所詮は術なのだ。 退魔の鱗となった竜や大蛇の身体は、こんな温かい術さえも受け付けないのだ。 しかし、プラソンは寧ろその施しを受けないとバイメンを睨んでいた。 いくらその者が親切心を持って何かをしたとしても、 その相手となる者の視点を無視したなら、それはその者の単なる独りよがりだ。 プラソンは、神のその独りよがりが大嫌いだ。 プラソンの退魔の鱗は、バイメンが放った癒しの術さえも跳ね返し、無力化させてしまった。 弾かれたバイメンの術は、光の粒子となって消えていった。 「………やはり、わしらには罪滅ぼしはするなというのか………。」 自分の術が、光となって消えていく。 その様を見て………、バイメンはがっくりと肩を落とす。 「…大蛇や竜の鱗は、結果的には神々のあらゆる気持ちを拒絶するモノになってしまったのか?」 深く落ち込むバイメンを見て、大聖が少し悲しそうに言った。 傷を負っているプラソンの胸部を止血しながら、今度はプラソンが大聖の顔を覗き込む。 「バイメン、今度は俺が話をしてみる。下がっててくれないか。」 「うむ…、わかった。託してみよう。」 プラソンの身体を支えたまま大聖が言うと、バイメンは立ち上がり数歩下がる。 普段の楽天家な様子はない、このようなときまで楽観的になる程バイメンも能天気ではない。 下がったバイメンをはじめ、大聖とプラソンを囲み、円を作るように皆が立っている。 その際、宮守だけが大聖に近づく。それを振り向くことなく身体で感じると、 大聖はプラソンに話し始める。 「プラソン………、神でもあり獣人でもある俺が感じたことだが、  お前が命を必要以上に食していたのは、  ………なんとなく、誰かに自分を受け入れてほしかったから、なんじゃないのか?」 「なっ!!?」 大聖の問いかけに、プラソンは目を見開き噛みつこうと身体を起こすが、胸部が悲鳴を上げる。 牙を向き大聖の身体に噛みつこうと口を開けるが、その動作の途中で固まってしまう。 固まった直後、傍にいた宮守に「…動くな。」と言われ、再び仰向けにさせられる。 「古くからこの世界にいたであろうバイメンやソマはともかく、  俺や井守、そして…竜と同等の扱いを受けてきた大蛇である宮守は、お前とはまだ出会ったばかりだ。  だが、そんな見ず知らずの者程、お前は何かを伝えたかったんじゃないのか?  伝えたいことが多すぎて纏まらず、歪んだまま暴力となって表に出てきているんじゃないのか?」 「………。」 ━━━━━誰も認めてくれない。誰も受け入れてくれない。 もし、お前を受け入れてくれる何かが既にいたなら、 お前も…この宮守に近いようになっていたかもしれない。 竜だから恐れられるのではない。竜が恐れられるとは限らない。 お前が本当に恐れられる理由、それはお前の中にあるんじゃないのか? 俺は、人間である食われる側でありながらも、大蛇を受け入れた存在を知っている。 その存在が、先程名をあげたエアリーという人間だ。 お前も、そのエアリーに会ってみないか? 竜と大蛇は、この時代では本当に少数のものしか残っていない。 その結果を生み出した俺達神々が憎いなら、憎いままでいい。許せなくていい。 ただ、自分が今みたいになってしまったその理由は、お前にあるわけじゃない。 俺達だ。俺達のせいでお前自身の鱗も、心もそうなってしまったんだ。 そのエアリーとは、俺も会いに行く。 プラソン…、皆一緒に彼女らがいる街に行ってみないか。 俺も、当時は神だと思われて責められるかと思ったが、そんなことはなかった。 こんな暗い場所…、力を引き出せるという辺りではいいのかもしれないが、 たまには…光に包まれる場所で暮らしてみないか?プラソン、ドリソン━━━━━。 「………。」 ━━━━━まさか、オレが神にこんな説教をされるなんて。腹立だしい、ムカつく。 でも、なぜかブチ切れる気には…なれなかった………。 生きるのに必死こいて、何万人という命を食ってきたからな。 その間、オレ自身がどんなこと思ってたとか、どんな気持ち持ってたとか考えたことねぇな。 オレは、オレらを犯罪者扱いする神々がムカつく。 唯一抱いてる気持ちとなりゃあ、たったそれだけ。 その気持ちだけは、常に付き纏っていた。 神の連中を殺すまでは、気が済みそうにないって。 殺して、殺して、殺し続けた。 神さんらの対する復讐しか考えたことねぇよ。 受け入れてほしいとか、認めてほしいとか、そんなもんオレはわからねぇ。 そんな面、あくまでこの猿神から見たオレだろ。オレだろ………。 ………あ?オレ? オレって、どんなヤツだっけ━━━━━? 自分が生きるためと言って命を食した。気に食わない、気に入らないと命を奪った。 自分をこんな目に遭わせた神々が憎いが、その憎しみの行き場がなかったためなのか。 そうしているうちに…本当の自分を失ってしまった。 自分は、神に対する復讐心を燃やすだけの殺人鬼になっていた。 行き場のない怒り、受け止めてくれない悲しみ。 その怒りは周囲に害を及ぼし、無差別に命を食い荒らし、心を傷つけていった。 また、巨大な力を持つ竜は強くて当たり前だと思い込んでいた。 その思い込みが、心の奥底で抱いていた感情を表に出すまいと蓋をしていたのか。 オレって、どんなキャラだっけ? 自分を見失えば、もともとあった心から光というモノも捨ててしまった。 その証は、自分自身が気付いていないところで表れている。 しかし、その光をいつ捨ててしまったのかは、まったく覚えていない。 それを思い出そうとちょっと脳を捻れば、心が張り裂けそうな嫌な記憶が浮かぶ。 その記憶が蘇った直後、『ギリッ…。』と食いしばり怖い目つきになる。 そして、黒い爪を立てて大聖を切り裂こうとする。 その爪を、その手を。 大聖は取って握り締める。 力失った手では、その行為を振り解くことは出来ない。 「プラソン、もういい。」 手を握られたかと思うと、大聖の声が聞こえた。 「お前も一緒に行こう。こんな暗い場所にいないで、明るい世界へ行こう。  お前自身も、外に出た後…飛び出してよかったと自信持って思えるから━━━━━!」 大聖から見たプラソンの姿が、当時の自分の姿と重なった。 そして、プラソンから見た大聖の姿が、 まだ会ったことのないはずの純人間の女性になっていた━━━━━。 『ただいま』 ━━━━━今見えた純人間は、一体誰だ? 会ったことないはずなのに、どこか不思議な力を感じた…。 今のがまさか…大聖の神としての力なのだろうか? 大聖に止血されたまま、プラソンが身体をむくりと起こす。 傷を負っているということもあるだろうが、攻撃的な様子はなかった。 プラソンは、比較的落ち着いていた。 …大聖に話されるなり、いきなりこの世界を飛び出そうとか言われたけれど。 不思議と嫌悪感はなかった。なんでそうなのかは自分でもよくわからない。 プラソンは、起き上がるなりボーっとしている。 その視線、その光のない瞳は…一体どこを見ているのかも、わからない。 ………大聖が話したことで、感じたことがただ1つ。 それは、神を嫌いになったことも、犯罪者としてぞんざいな扱いを受けて傷ついたこと。 認められなくて、でも認められたくて己の本能のまま殺戮を行ってきたこと。 竜は身も心も強い反面、生きるのに膨大な力を栄養と必要とする、 それを理由に…そのときの感情から目を背けていたこと。 本能を爆発させ、感情を爆発させ、収まりを知らないそれは、結果的に…自分の心を殺すことになっていた。 神に竜は忌まわしき存在だと言われて以来、誰と会ってもそう言われると思い込んでいた。 竜は強くなくてはならないという思い込みが…その弱みを出すことを許さなかった。 神が許せない。竜は強くなくてはならない。 この2つが己の心に強い抑圧と嫌悪を生み出してしまった。 ………きっと、自分はずっと寂しかったんだろう。 しかし、今わかったその気持ちも、プラソンは認めたくなかった。 「━━━━━…ろせ。」 「…どうした?」 「オレを、殺せ。外に出たとしても、同じことを繰り返すだけだ。」 …自分が許せない神にやられたことと、今までの己の暴走から…燃え尽きてしまったのだろう。 竜という強大な力を持つプラソンの表情、声。…感情があまり込められていなかった。 鉄仮面のような無表情に、機械のような淡々とした声。 …皆の生き残りである自分でも神には勝てない。 そうなれば、溜めこんでいた怒りはますます行き場がなくなってしまう。 ………なんだか、虚しかった。 プラソンがそう言うと、大聖が首を左右に振る。 大聖は、少し悲しそうだった。 「いや、今の俺にそれは出来ない。それはたとえ、神にとって忌々しい竜であってもだ。」 「なんでだ?」 「お前が死んだら悲しむ奴が、お前のすぐ傍にいる。…それだけだ。」 小さく、だがはっきりとした声で、大聖は言った。 この言葉は、プラソンに届いているのかは、わからなかった。 外に出るのか、この世界に残るのか。それはプラソン自身が決めること。 だが…ここまで来て燃え尽きてしまったプラソンが、自ら意思を示すことはなかった。 「力と感情を抑えられず、暴走を起こし続けていたその末に…心が酷く疲弊してしまったようだ。  ドリソンにしろ、このプラソンにしろ…、ある意味で神や竜という種族に振り回された。  神への復讐と生きるのに必死になり過ぎて、我を失った…と考えるのが妥当か。」 大聖が寄り添うプラソンの様子を、宮守が目を細めて言った。 竜と同等の扱いを受けてきた宮守は、今のプラソンをどう思うのか。 やがて宮守は、腕を組み…黙って目を瞑っていた。 そんな井守の隣では、井守がわけのわからないという様子で手を組んでいる。 後頭部に両手を回し、眉を寄せながら…ただプラソンを見つめていた。 「感情を抑えられないって…。おれは正直でいいって思うんだけどな。…違うのか?」 「確かに、表面上だけで言えば正直とは言えるわ。  でもね、こいつの場合はちょっと違ってそうねー。  …まぁ、井守。あんたはまだ子供だから今はよくわからないだろうけど、  大きくなれば…いずれはどういうことかがわかるわ。」 「わかんのか?」 「えぇ、いつかね。」 プラソンを見ている井守に、ソマがやや適当にそう説明した。 井守は、この場にいる他の者達に比べ…身も心も幼い。 プラソンの気持ちや感情は感じ取ったものの、 その裏にある本当の苦悩や葛藤までは…わからなかったようだ。 1人黙って大聖の話を聞いていたバイメンが、大聖の方を向く。 「大聖…、ありがとうよ。プラソンを生かしたくれて。  おそらく…こやつが死んだら、竜は皆死んだことになっとったかもしれん。」 ━━━━━生かしたということは、神である大聖やバイメンはプラソンを認めたということ。 それが、プラソンも神を許すということにはならないとしても。 認めた。それは少なからず…隙だらけとなったプラソンに手を出していない者達もそうだろう。 中でも宮守は、竜が絶えず抱えていた事情を知っている。 「皆、一度プラソンを俺達の世界へ出してみよう。  ただ…その際、ソマや老師さ…バイメンも一緒に来てほしんだ。  プラソンを含め、3人には無理を言うだろうが、  ここでの出来事は別行動を取っているエアリー達にも話したい。」 「ん?あたしは別にいいわよ。プラソンが生きてる限り、  あたしはこいつの監視役っていう役目は捨てられないだろうし。  …ま、強いて言うなら陸の世界に行った後のこいつの反応が怖いかなー。」 「そうじゃの。」 大聖が1人1人の顔を見て頼むと、ソマが先に了解を出す。 意思を示さないということもあるが、プラソンの了解なしに別の世界で出すのはかなり強引だ。 それは、一緒に行こうといった大聖も、別にいいと言ったソマもわかっている。 もし本人が嫌だと言えば、またこの世界へ帰せばいいだろう。 2人の話を聞いたバイメンも、ここまでくればなるようになると、笑って頷く。 感情を一時的に失ってしまったプラソンの身体をバイメンが支える。 「…そうと決まれば、すぐに陸の世界へ行くとしようかの。」 「あぁ、そうだな。」 「ところで大聖…、エアリーは今どこにおるんじゃ?」 「エアリーか?」 バイメンがもう用のないこの世界から出ようと言えば、大聖が同意する。 すると、バイメンは困った顔をしてそう聞いてきたので、 大聖も少し怪訝そうな顔で答える。 「エアリーなら、自分の武器屋に戻ると話していた。」 「ん?じゃ自分の店を再開するってことか?」 「いや…、実は違うんだ井守。エアリーもエアリーで、  この世界に飛び込んだ俺達みたく、問題に直面している。」 「問題に直面?それは一体どういうことだ?まさかとは思うが…。」 「どしたの宮守。何か心当たりでもあるの?」 「あ、あぁ………ちょっとな………。倭国に行った際、おかしな2人組に出会ったものでな。」 「(おかしな2人組じゃと?…やはりあやつらなのか…?)」 ………嫌な予感が脳裏に過ぎる。 大聖の話を聞いた宮守とバイメンが思い浮かべた2人組は、ほぼ一致した━━━━━。 「そ…、そうだ大聖。おまえ…ここに来る前、プロンジェに会ったと言ってたな?」 「あぁ、そうだが。」 「最後に話した場所はどこか覚えてるか?」 「話した場所なぁ…、確かあのとき俺とエアリーは海の世界に行って、  プロンジェとも別れる前にそこで話して…。」 「そ、そうか…。」 平穏な様子で話す大聖とは対照的に、宮守は少し青さめていた。 大聖の説明をその近くで聞いているバイメンも、密かに血相を変えている。 青くなった顔を無理矢理元の色に戻すかのように首をブンブンと振り、 バイメンは皆の方へ向き直る。 「何後もあれ、すべては陸の…エアリーがいるところへ向かってからじゃ。」 「そ、そうだな。すまない、余計なことを聞いてしまった。」 「いや、気にしなくていい。」 バイメンが話を逸らすと、宮守もそれに合わせてコクコクと頷く。 2人の様子を少し変だと思いながら、大聖も小さく頷いた。 「よし、じゃあこの世界を出るぞ!いいな!」 大聖の声と共に、皆はこの暗い幻想世界からの脱出を目指す。 そのとき、プラソンがほんの少し、ほんの少しだけ…笑っていたような気がした━━━━━。 Gパート完結。Hパートへ続く。