エアリーの提案で、武器屋の裏側にある墓地の方へ回ってみた。 賑やかに街を遠ざけるように、墓地はひっそりとただずんでいる。 その墓地の少し向こう側には、綺麗な水の川が流れていた。 川に近づいたときに映った自分の姿に…どこか懐かしいものを感じた。 以前自分が見た、倭国から海の世界へ向かう際に見たあの川と似ているような気がしたのか。 一緒に並んで水面に映っていた彼は、今は自分の傍にはいない。 ただ、自ら自分と分かれて行動することを選んだ彼とは、いずれはまた並ぶことになるだろう。 彼だって、危険に直結している。その彼がもし見ていても恥ずかしくないように。 エアリーとシングレースは、墓地の辺りを探し始めた。 海の世界に住むオクトラーケン一家のプロンジェの話によると、 その2人組のいる場所への入り口は、この辺りにあるらしい。 武器屋と墓場、そして川のほとり。この3つを足してもそう広くはない。 それらしき入り口を見つけるには、それ程時間がかからなかった。 「これ、それっぽいんじゃない?怪しいでしょ?」 「そうね………。」 プロンジェが、その幻想世界だと知らずのこの入り口へと足を踏み入れた。 足を踏み入れたその先で例の2人組と出会い、意識を奪われ武装させられた。 そして…あのような破壊行為を行わせた。 プロンジェに手を出した2人組は…、今度は自分のお店に手を出すというのか。 ならば、守らなくてはならない。守る対象というのは、 何も人や命に限ったものではないのだ、とエアリーはこの場で悟る。 お店に手を出され、偽の店主として広まると…一体どうなるかわからない。 それこそ、プロンジェのように利用される者達が増えるかもしれない。 手に取りたくない武器を手に取り、破壊や無駄な戦闘行為もさせられるかもしれない。 要は、一体何をされるかがわからないということだ………。 「行きましょ、シング。この入り口に入ってみましょう。」 「うん。」 僅かばかり顔を強張らせ、エアリーが警戒しながら言うと、シングレースもコクリと頷いた。 入り口にふと目をやると、ドアは閉じられている。 しかし、そのドアは2人が近づけば…『バタンッ!』と大きな音を立てて開けられた。 誰も触れていないのにドアが勝手に開いた2人は驚くも、 イコールそれは…入っていいということだと捉え、 2人は………暗い世界へと足を踏み入れた━━━━━。 『まぼろし』 ━━━━━入り口に入った直後、景色はガラリと変わった。 お店、墓地、そして川がトライアングルに向き合っていたその光景はなくなり、 薄暗く不気味なログハイスの中へと変貌したのだ。 「景色が一気に変わった…。まさかアタシ達、本当に幻想世界に入ったの…?」 「そうでしょうね。まだ時間帯は昼間。本来はもっと明るいはずよ。  なのに、ここに入った直後こんなに暗くなるなんて…。」 光溢れる温かな世界から、暗く肌寒い世界へと踏み入れた。 体感的寒さを感じて、シングレースは自分の腕で自分の身体を抱き締める。 「エアリー、アナタは寒くないの?」 「え?何が?」 「だって、ここに入った直後ゾクゾクするような寒さを感じなかった?  そのヘソ出しルックに太もも丸出しで寒くないの?」 「ちょっ…あなっ…!地味に気になったことをっ…!」 自分の身体を自分の腕で温めつつも、シングレースはエアリーの腹部から下の部位を指差す。 キョトンとした様子で何気なく話しているのだろうが、エアリーは苦笑いを浮かべて反論した。 「おなかはともかく、ふとももくらいなら大丈夫よ!」 「ふーん…、そうなんだ?」 「そ、そうよ!」 「強がってない?アタシのおでこの翼で羽毛なんとかを作ってあげようか?」 「大丈夫よ!寧ろ、そんな手間のかかることしなくたって、動いてたら身体も温まってくるわよ!」 「うーん…。」 多少怯みながら強気な姿勢を崩さずに言うが、シングレースはちょっと心配そうに首を傾げた。 エアリーが大丈夫だと言っても、シングレースはなかなか引かない。 シングレースがいつまでも心配しているのを見て、焦燥を抱いたエアリーは、 早く先へ進むようにアプローチする。それにより、シングレースも心配しつつではあったが了解してくれた。 歩けば、床から木が軋むような音がなる。 床には紙や布、画材や描くための道具が散乱しており、足の踏み場が非常に少ない。 2人は、床が抜けることと道具を踏むことを避けつつも、奥へ、奥へと進んでいく。 更に見上げると、天井にも沢山のスケッチブックやノートが吊り下げられているのが見えた。 それらは、少し暴れると途端にトラップと化して、天井から降ってきそうなくらいの不安定さだ。 壁に端にある収納棚には、沢山の模型やガラクタがぐちゃぐちゃの状態で片づけられている。 そのガラクタの中には、この世界には存在しなさそうな奇妙な機械のような物もあった。 「………?」 その変な物に目が行き、エアリーは収納棚の方へと近づく。 「あっ!ちょっとエアリー、危ないわよ!」 「シング、これ………。」 何も言わずにそこへ向かうエアリーの後を、シングレースも慌てて早歩きで追いかける。 エアリーは、シングレースの様子を気にすることなく、変な物を手に取る。 その変な物は、表面上の素材はプラスチックではあった。 テッシュペーパーの箱のような形をしており、その側面からは2本の黒いコードが伸びている。 そのコードの先端には、ひょうたんの形に似た操縦機のような物がついている。 初めて見るそれに、2人は一緒になって首を傾げる。 「何これ…?一体何に使うの?箱の上部分に何か紙でも入れるような蓋があるけど…。」 「さぁ…、わたしもこんな物初めて見るから、よくわからないの。ごめんね。」 ━━━━━あははっ、それはテレビに繋いで遊ぶのに必要な機械だよ!━━━━━ 「テレビ…?テレビって何かしら?それに使う機械なの?」 「アタシ、テレビなんて物知らないわよ?」 ━━━━━あっ、そっか…。この世界、まだテレビが普及してないんだね。━━━━━ 「普及してない?じゃあこれは珍しい物なのね!」 「珍しい物で、機械で…。あ、そう言えばわたし、以前そんな物見たことあるような…。」 ━━━━━そうそう、純人間なら知ってるでしょ?━━━━━ 「知ってたっけ?」 「アタシに聞かないでよ。アナタとアタシはまだ会って間もないわよ。知るわけないじゃない。」 「そっか。そうよねぇ。………………って━━━━━。」 ………あれ??わたし、一体誰と話してるの!!? 収納棚に入っているガラクタのことで話しているその途中あたり。 自分の声でも、シングレースの声でもない誰かの声が紛れ込んでいることに、ようやく気付く。 聞き覚えのないボーイソプラノな声に、エアリーはギョッとして振り向く。 振り向いたその先にいたのは、シングレースただ1人。 ………と一瞬思ったが、その白い姿の誰かは天井に吊り下げられているスケッチブックと同化していた。 「ッ!!?シングッ!!後ろっ!!」 「えっ!?」 エアリーが物凄く驚いた顔をして、シングレースに後ろを見るように促す。 エアリーの様子に釣られ、シングレースも戸惑いつつも、バッと振り向く。 同じ視線を向けた2人の先にいたのは、片方のみの振り袖にスカートによく似た半ズボン。 白いスケッチブックの紙の間から覗く、黄色い瞳。 エアリーとシングレースが、ようやく自分のことに気付いたとわかれば、 白い服に白い髪の少年は、浮遊したまま2人の前に降りる。 ━━━━━物音1つ立てず、白い姿の少年…そう、幻無が2人の前に姿を現したのだ。 「こんにちは、お2人さん。」 自分が背後にいたことに愕然としている2人に、幻無はニッコリと笑って挨拶をした。 礼儀正しく振る舞うその態度に、一見は普通の少年として捉える。 また、幻無には身体のどこにも生物的特徴を持っていないことから、 エアリーと同じ純人間だとも思い込む。 「初めまして。僕は幻無。この小さな美術室の学芸員。…とでも言っておこうかな。」 「美術室?美術館じゃなくて?」 「美術室で十分だよ。こんな狭い世界だもの、美術館と名乗れる程の規模はないさ。  学芸員だと、ちょっとかっこつけた言い回しかな?」 「世界…?じゃあ、やっぱりこの場所は…!」 「おっと、ここが君達の言う幻想世界なのかは、実は僕にもわからないんだ。」 幻無が簡単に自己紹介をしたそれを聞き、シングレースが探していたモノを見つけたと笑う。 しかし、幻無本人は定かなのかはわからないらしく、首を左右に振る。 「僕達は、この世界の仕組みや地理をまだよくわかってないんだ。  でも、いずれエアリーとは会うだろうって、そんな気だけはしてたかな。」 「え…?幻無、だったかしら。なんでわたしの名前を…?」 「だって、僕は君達とこうして話すまでついてきてたんだもん。2人の見えない位置からね。」 「見えないところから…?」 首を左右に振りながら、幻無は目を閉じてそう答えた。 いずれ会うだろうというそのときが、今この場でやってきた。 それに何か重みを感じているのか、幻無はゆったりとした動作で話す。 「当然、君達は僕のことをまだ知らないよね?」 「そりゃそうでしょ。アタシ達はアナタとこうやって話すのは初めてなのよ。」 「そっか?そうだよね。それなら安心だ。  純人間や生物混じりの人々がもし僕のことを知ってなら、ちょっとヤバイことになってたかな?」 「ヤバイ?それはどういうこと?」 「さぁ?」 シングレースの質問に、幻無は適当にはぐらかすように答える。 幻無がはぐらかせば、会話が一度途切れてしまう。 あまりにも短すぎる返答に、エアリーもシングレースも次の質問を失ってしまった。 2人が自分の話したことについての質問をしなくなったところで、幻無がクスリと笑って話す。 「ここでの見学は規則を破らない程度にご自由に。僕も、どちらかというと暇だしね。」 「規則?それは一体何なの?」 「この美術室では、火を使ったり水をこぼしたり、物を壊したり破ったりすることは禁止さ。  火が付いたら一瞬で燃え広がるし、水なんか巻かれたらなかなか乾かないし。  壊したり破ったりもそうだけど、どっちが広がっても捜索活動が台無しになっちゃうからね。」 「まぁ、こんな日の照ってない場所で水なんか巻いたら、乾かすのに相当な時間がかかるでしょうね。」 人差し指を立てて、幻無はエアリーの口元にそれをすっと当てる。 突然のスキンシップに、エアリーは少したじろいて後方へよろけるが、すぐに体勢を整え直す。 その様を楽しそうに眺めながら、幻無は宙へ浮遊する。 何も描かれていない紙のように白い袖が、ふわりとなびく。 「出るにしろこのまま入るにしろ、ごゆっくりどうぞ。  ただし、ここが君達の言う幻想世界だったとしたなら、  さっき入った入り口が出るときに都合よく出口になるとは限らないよ。」 「待って幻無、もう行っちゃうの?」 浮遊しながらこの場を去ろうとする幻無の袖を、エアリーが掴んで引っ張る。 武器屋で鍛冶や製鉄作業をしている身のためか、幻無が予想していたより力は強く、 幻無の衣服がずれる程に引っ張られ、幻無は「うわっ!?」と声を上げる。 エアリーがぐいっと袖を引っ張ったことによる力で、 服で隠れていた方の肩も露出してしまう。 「まっ…待って!離してっ!!」 「あ、ごめん。強く引っ張り過ぎた?」 肩が露出されれば、そのまま上着丸ごとひっぺがえされると思ったのか、幻無は慌てふためく。 幻無が嫌がってることに気付き、エアリーも戸惑いつつも一度袖から手を離して謝る。 エアリーが意図的にそうしたわけではないとはいえ、幻無にとっては結構不快ならしく、怒った顔をする。 「もうっ!この場で服脱がされて公開処刑されるのかと思ったよ!!」 「………公開処刑?一体どういうこと?」 「僕がその標的にされないとは言い切れないし、逆にされるとも言い切れないけど…。  この場で君に脱がされて何かされるのかと思った!!そういうの勘弁してよ!!!」 「い…いえ…、別にそういうやましい気持ちはこれっぽっちもないんだけど…。」 「君はそういうのの標的にされたことがないんだなっ!!?  変な目で見られたことないのかっ!!!?」 「あぁ…、そういうことなら以前アタシもあったわ…。」 「シングッ?」 表面上は怒った顔ではあるが、息を切らして涙目になりながら言った。 …どうやら幻無は、エアリーの行動を見てよからぬことを想像してしまったらしい。 そのよからぬ想像というのは、そうされたことのある身でなければわからないことかもしれない。 泣きかけで怒っている幻無に、エアリーはなんとか誤解を解こうとするが、 幻無はそれを撥ね退けて怒る一方、聞く耳を持たない。 更には、幻無の言うことにシングレースも同意を示すこの様。 シングレースは、昔のことを思い出したのか大きくため息をついて言う。 「男女どちらにせよ、見た目が可愛いとか言われると変な方向の人の対象になるってことよね?」 「そうそう、わかってるぅ。こっちは無抵抗のまま好き放題にされるもんね。嫌になっちゃう。」 「…じゃあそういうのに狙われたことのないわたしは可愛くないってこと…?」 「いえ、エアリー…決してアタシと幻無はそう言ってるわけじゃ…。」 シングレースが愚痴を吐くように小さい声を言えば、幻無もコクコクと頷く。 互いに同意を示す2人に、エアリーは気まずさを覚えて顔を引きつらせる。 それに対しシングレースがハッと気付き、フォローを入れる。 「…なんか、わたしだけ変な人扱いされてるんだけど。」 「違うっ!違うってばエアリー!だから元気出してっ!  幻無も、エアリーはワザとじゃなかったんだからそれ以上言わないっ!」 「ん〜、本当?」 顔を引き攣らせたかと思えば、直後に落ち込んでいく。 そんなエアリーを元気付けようと、シングレースはエアリーの肩を揺さぶりながら励ます。 一方の幻無は、シングレースにそう言われるもそれを聞いていないのか、 エアリーの目の前に浮遊移動して低空姿勢を取る。 エアリーと幻無の目が、合った。 目が合えば互いに見つめ、無言で考え事をする。 すると、エアリーの目を見つめていた幻無が口を開く。 「…まぁ、エアリーは他に夢中になれる物があるし、そっちに神経行っちゃうか。」 …と、ニッと笑って自己完結した。 若干、この台詞から毒を感じたのは気のせいだろうか…? とはいえ、自分がその変な者ではないということは認められ、エアリーは「…ふぅ。」と安堵の息を吐く。 「…で、僕に行っちゃうのって言ったそのわけは?」 「え?う、うぅん…。そうだったわ。」 幻無が首を傾げると、エアリーもようやく本題を思い出して理由を話す。 「わたし達、この美術室がどういう構造なのかぜんぜん知らないの。  幻無、あなたここの人なんでしょ?案内役を頼んでいい?」 「え?僕が?」 「そうよ。他に誰がいるのよ。あなたの代わりになりそうな人もいないし。」 「う〜ん…。」 エアリーが困った顔をして問いかけると、幻無は少し目を見開く。 この場を去って、早いところこの美術室にいる絵描きのところへ向かおうと思ったが、 そう頼まれると2人の前から去るに去れない。幻無も困った顔をして、考える。 考えていたところ、幻無はあることを思いついて、エアリーの頼みを引き受ける。 「わかったよ。それくらいのことなら引き受けるよ。  でも、先に言っておくよ。この中でも、ずっと君達と一緒にいられるわけじゃないって。」 「ずっとはいられない?どうして?」 「この美術室に住んで、尚且つ動き回れるのは僕だけだからさ。  僕は、ここで作品を作り続けている人のお手伝いさんだもの。  その人が僕の助けが必要だって言ったなら、僕には彼女のところへ向かう義務がある。  それは、君達のような来客が僕に何かを頼んでも、だ。」 「彼女…?作品を作り続けてる人?」 「そうだよ。あ…もしかしてここの作品が僕が作ってるって思った?  そう言えば、その辺りまだ説明してなかったね。  さっきも言ったけど、僕はその絵描きさんの助手みたいなものさ。  その人の助けを無視するわけにはいかないんだよ。」 幻無が、困った顔で笑って説明した。 シングレースが頭の上にクエスチョンマークを浮かべて問うと、幻無はその理由を説明する。 幻無は、ここの美術室で作品を作り続けているモノではない…。 そんな幻無は他にいる作品の作り主の補助員と聞いて、2人は不思議そうな顔をして幻無を見る。 ならば、一体誰がここで作品を作り続けているというのだろう。 いや…もう1つ、不思議に思ったことがある。 作品を作っていると説明は受けたものの、その作品に思い当たる物はこの場には1つもない。 美術館ではなくあくまで美術室、どちらかと言えば作品等を作り貯める場所ということもあるかもしれない。 今いる場所の天井に吊り下げられている物の多くは、下描きやスケッチといったラフ画が大半だ。 何か大きな作品を見れば、作品の作り主の名前くらいはわかるかもしれない。 幻無本人の明るい様子からそこまで疑ってはいないものの、 エアリーは密かに幻無とその作り主が、プロンジェの話していた2人組ではないかと考えている。 ただ、もしそうだとしてもプロンジェの装備させた兵器に近い物が、 まだこの時点では見当たらない、1つも見当たらないのだ。 確かに、自分の知っている物々の中に知らない物はあったが、 それがプロンジェの強制武装させたあの兵器と似ていると言われると、そうでもなかった。 純人間にして、この美術室の助手。しかし、 その幻無がどうして浮遊能力を身につけているのだろう、という疑問も過ぎる。 自分と…エアリーと同じ純人間ならば、幻無は浮遊能力など身につけることは出来ないはずだ。 バイメンがかけた術のように、一時的な効果を得ているのか。 純人間が術を使ったり浮遊したりするという話は聞いたことがないし、 そういう光景もこれまで見たことがない。 ━━━━━幻無…、確かに奇妙ね。この子………。 幻無に案内を頼むことで、エアリーはその兵器との関連性を暴こうと、行動に移り出す。 『H-03 ひょうい』に続く。