━━━━━エアリーの悲鳴は、美術室の別の場所にいるあの2人へと届く。 女性の声…それがエアリーのものだとわかるには時間はかからなかった。 壁越し…だが聞こえてきた悲鳴に、プロンジェとシェリーはハッとする。 「…エアリーさん!?ここに来ていたのか!?」 …自分達と海で別れてから、エアリーと大聖は陸の世界へ戻ったのは確かに見ている。 ただ、陸に戻ってからいつ、どこで、何をするのかはまったく聞いていない。 自分達と同じくここに来ていたことは予想外で、 悲鳴が聞こえてきたその今更、エアリーがここにいることを知る。 プロンジェは、険しい表情で今いる部屋から出て、紙だらけの廊下へと出る。 その奥は、遠くに何があるのかが確認出来ない程の暗さ。 プロンジェは部屋の外に駆け出せば、シェリーが先程まで2人で読んでいた日誌を持って、 プロンジェに庇ってもらう形で外に出る。 自分の後ろに来たシェリーに、プロンジェが促す。 「一先ず、彼女を探しましょう!このままだと危険です!」 「え…えぇ!」 片手に投げて使うタイプの槍を握りしめ、プロンジェがそう言うのに…シェリーも頷く。 こういうことになると、身分より経験の豊富さが関わってくる。 海を含め、外での活動年月が自分より多いプロンジェの言うことに、素直に従った。 …しかし、探すと言っておきながらプロンジェは部屋を出てから走ろうとはしない。 「………プロンジェ?」 その場から動かないプロンジェに、シェリーが首を傾げた。 少し困った顔をしながら、シェリーは目を閉じたプロンジェの様子を窺う。 目を閉じたまま、プロンジェはシェリーにこう話す。 「探すとはいっても、闇雲に走り回ることはしません。海の者であるあなたが、  水のない場所で動き回れば、身体の水分が足らなくなりやがて死に至ります。」 「なら、一体どうすればよろしいの?」 「おれにお任せを、お嬢様。」 シェリーが疑問を述べると、プロンジェはもう片方の手でシェリーの手を取る。 その後、自分の方へスッと抱き寄せてから、プロンジェは1対の背鰭を翼にように広げる。 『━━━━━ビュンッ!!』 この美術室全体に衝撃波を放つことで、人々の大まかな居場所を確かめたのだった。 衝撃波に感知したその多くは、画材や作品といった物だ。 これらが衝撃波の使用を妨げるように沢山散りばめられているとはいえ、完全に騙すことは出来ないようだ。 壁越しということもあり、広く障害物の少ない深海で使うよりも感知能力は落ちたものの、 エアリーやネクラと思われる人々が、どの辺りにいるのかは大まかに捉えることが出来た。 彼等の居場所がわかると、プロンジェは目を開ける。 「…エアリーさんはネクラさんと一緒に、同じフロアの部屋のどこかにおります。」 「えっ?おわかりになりましたの?」 「ええ。ただ走って探すより、衝撃波を用いて大まかにエリアを限定させた方が、いいと思いまして。」 プロンジェの説明にシェリーがキョトンとすると、笑ってそう話した。 そんなプロンジェの様子に、シェリーは………、 「…やっぱり、あなたがご一緒だと心強いですわ。」 ………と言って、自分の両手をプロンジェの両手と合わせる。 シェリーの好意的な行動に、プロンジェも頬を緩ませ、目を細めた。 合わせたお互いの両手を解くと、プロンジェは再度シェリーを自分の方へ抱き寄せた。 それは、衝撃波を放つ前のときよりも、更に密着させられた。 だが、シェリーはそれを不快に感じることはなく、寧ろ…どこか愛おしそうにしていた。 自分が抱いたその感情に、場違いな笑みが込み上げてくる。 片手に槍を構えているプロンジェの腰に長い腕を巻き付け、シェリーからもプロンジェに密着する。 「居場所がわかれば、後はそこへ向かうだけです。  ですが、走って向かうよりもこうした方が早く辿りつけるかもしれませんね。」 「一体どうなさりますの?」 「ちょっと手荒なことをします。お嬢様、危ないですからおれより前へは出ないように。  あとは…、くれぐれもその日誌を無くさないように。    ━━━━━その日誌は、エアリーさんにも見てもらう必要がありそうですからね…。」 「わかりましたわ。」 プロンジェがそう言うと、シェリーもコクリと頷いた。 それを目で確認するとプロンジェも頷き、部屋の壁を見る。 なるべく、飾られている作品の少ない壁を選びたかったが、 危険な目に遭っているエアリーのことを考えたなら、そんな場合ではないと割り切り、 「━━━━━たぁっ!!!」 大きな掛け声とともに、プロンジェは自分の槍を壁目がけて投げつけた。 『ベキィッ!!!!』 投げた槍は壁に突き刺さった。…とシェリーは思ったが、壁の作りは脆かったらしい。 槍は壁を貫き、同じ列に並ぶ部屋の壁ほぼすべてを破壊してしまった。 1つ1つの狭い部屋だったのが、壁を次々に貫通したことにより、1つの大部屋に早変わり。 「…あらまぁ!まるで巨大鯨が突進した後の光景のよう!」 「その鯨はおれのことでしょうか?」 「冗談ですわ。今回は緊急時ですもの。本来のあなたは、  こんな乱暴なことをするお方ではないということくらい、わかっております。」 壁を破壊する物音と光景に、シェリーが驚いてそう言った。 その台詞にプロンジェが苦笑いを浮かべると、シェリーはクスクスと笑い出す。 どこか楽しそうにしているシェリーに、プロンジェは反論が出来なくなり、困ったように笑った。 ………この物音には、シングレースや幻無、ネクラも気付いてしまう。 だが、これによりエアリーは襲われずに済んだ。 勿論、この辺りもプロンジェの作戦だった。 大きな音を立てることにより、エアリーではなく自分の方へ気を逸らす。 幻無とネクラがどんな行動を起こし、どんな戦い方をするのかなどまったく知らないが、 戦えないエアリーへ迫られるよりかは、戦える自分へ迫られた方が、 まだ対策が見い出せると考えたためだ。 貫通した壁の向こう、その一番端の位置に存在していたであろう部屋から、 バタバタと人が走り回る足音が聞こえてきた。 壁が破壊された。…エアリーとシングレース以外の侵入者がいる。 騒がしくなり続ける足音は、幻無かネクラか、 この美術室の者が自分達の存在に気付き、探し出そうとしていることを示す。 「これで、各部屋への行き来は自由に出来るようにはなりました。  早く、エアリーさんを探しましょう。  万が一、出会ったのが彼女ではなくここの方々でも、結果オーライですよ。」 「それはそれで…、プロンジェを操った誰かとお会いすることが出来ますからね。」 槍を投げた方向へプロンジェは向かおうとすれば、シェリーもコクリと頷いた。 それで、プロンジェは走り出そうとするが、 シェリーはプロンジェの手をくいっと引っ張って走り出そうとしない。 少し様子のおかしなシェリーに、プロンジェは…頭の上にクエスチョンマークを浮かべて振り向く。 「…お嬢様、どうなさいました?」 「あの…プロンジェ、こんなときに、ですけれど…。」 「はい、なんでしょう?」 「…戦えないあたくしがご一緒で、足手まといだとはお思いでしょうか?」 シェリーが大きな目を半分くらい伏せながら…、少し不安そうに言った。 …自分は、プロンジェと違って戦うことは出来ない。 向き合える程の器はあるとしても、対処出来る程の能力は備えていない。 この美術室のどこかにエアリーがいるとわかった以上、 それ以降は…エアリーの分も1人戦わなくてはならない。 プロンジェは、確かに戦うことが出来る。 しかし、そんなプロンジェでも…1人で2人の者を守ることは出来るのだろうか? 自分1人ですら気を遣ってくれているのに…、とシェリーは密かに悩んでいた。 不安そうにしているシェリーの方へ、プロンジェもくるりと身体を向ける。 プロンジェは、優しい目で、優しい笑みを浮かべている。 そうして…シェリーの台詞に対し、そんなことはない、と首を左右に振る。 「いいえ、そんなことはありませんよ。」 「…本当ですの?いえ、この手のご質問は、  相手にそのようなことを言わせるためのもの、とはおっしゃいますけど…。」 「大丈夫ですよ、おれは本気です。こんな場所で、こんな行動をするにあたって、  戦えないお譲様がお傍におられることは…、寧ろおれにも心強いことです。」 「えっ?」 プロンジェの台詞に、シェリーは目を少し見開く。 戦えない自分がいる、だがそれが心強い…一体どういうことだろうか? イマイチ意味がわからないと悩もうとしたとき、プロンジェはシェリーに近づき、 シェリーをそのままギュッと抱き締める。 プロンジェの突然の行動に、シェリーは身体を固まらせる。 「あなたがお傍にいる。それがおれの力に、強さになるのです。  おれが遠く離れた場所で行動を起こすことが出来るのは…、  シェリー様…、あなたがいてくれるからです。」 ━━━━━そこにいる。たったそれだけのことでも心強いんです。 あなたは、ご自身が戦えないことをお気になさることはありません。 あなたは、おれの傍にいてくれるだけでも、いいんです………。 目を閉じてそう言うと、シェリーを抱き締める腕に力を込める。 プロンジェの気持ちを聞いたシェリーも、目をバッと大きく見開いてから、 心も、身体も委ねるように…、静かに目を閉じた…。 目を閉じ、プロンジェの胸に頬を寄せて、 「…ありがとう、愛しているわ…。」 …と、小さく、静かな声で囁いた。 『すいり』 「━━━━━雰囲気ブチ壊すようで悪いんだけどさぁ、お2人さん。」 …ふと、2人が抱き締め合っていると…、上方向辺りから声がした。 それが聞こえた直後、すっかり恋人気分に陥っていた2人はハッとしてから、 すぐさま離れてその声の方へバッと振り向く。 額には、黄色い宝石のようなもの。 それを中心点にして左右から伸びている、薄ピンクの1対の翼。 剥き出しになった、鳥の爪。 …そう、2人の前に現れたのは、エアリーと共に行動していたはずのシングレースだった。 シングレースは、我慢ならないという引き攣った顔で、2人を鴨居から見下ろしている。 両腕を組み、爆発しそうな感情をなんとか堪えているという様子だ。 初めてみるシングレースの姿に、プロンジェは投げた槍を持っていないにも関わらず、 シェリーを庇うように立ち…、シングレースを警戒する。 「もう、なんてことしてくれるのよ。」 単なる短気とは少し違った自分の癖。 それだけは出すまいと、シングレースは堪えながら言う。 「…アナタ達のせいで、美術室の中が目茶目茶よ!  壁も、描きためた作品も、殆どが台無しじゃない!」 「これは失礼。お言葉ですが、あたくし達は周囲に囲まれている作品のことを、  気にしておられる場合ではございませんので。」 シングレースが注意をすると、プロンジェの背後から見ているシェリーが、冷たく言う。 …自分達にとって大事な作品が、滅茶苦茶にされた。 なのに、それをしておきながら何も思っていないというシェリーの態度に、シングレースはイラッとする。 シングレースは、あと少しすれば怒り出すというところまで来ているのか、ワナワナと震えている。 そんなシングレースの態度を見て、プロンジェがその様を観察する。 冷静な様子で眺め始めたプロンジェに、シェリーが後ろから問う。 「…プロンジェ、あなたに兵器を持たせたというのはこのお方で?」 シングレースを警戒しながら問うと、プロンジェは目を細めて答える。 「いいえ、違います。」 「違いますの?ならば彼女は一体…。」 「確かにこのお方ではありませんが…、このお方からも聞き出す必要はありそうです。  彼女にも、あの2人…幻無さんやネクラさんが関わっておられるという可能性は、十分にございます。」 「あら、アタシからアナタ達に話すことはなくってよ?  ただ、この美術室を目茶目茶にしたことを注意しに来ただけよ?」 「それは本当ですか?」 「えぇ、本当よ。」 答えたプロンジェと、聞き返したシェリーが揃ってシングレースを見た。 それに対し、シングレースも引き攣った顔のまま警戒を示す。 本当だ、と答えるシングレースに…プロンジェは疑ってかかる。 「失礼ですが、あなたのお名前はなんでしょう?」 「アタシ?アタシはシングレース、最近ここに住み始めたお手伝いさんよ。」 「そうですか。なら、少しあなたのことを調べさせてもらいましょう。 「調べる?一体何をよ。言ったじゃない。アタシからアナタ達に特別話すことはないって。」 「あなたがそうでも、こちらにはお話したいことは沢山ございます。  もしそれをお受け出来ないならば、あなたも怪しい者として見做します。  おれなりの鉄槌を、あなたに下しますよ。」 「どうぞどうぞ、ご遠慮なく。その鉄槌とやらを下しても、アタシは死にませんよーだ。」 「………。」 しつこく疑い、しつこく問いかける。プロンジェが聞くとシングレースは名乗った。 そこまでは割と答えてはくれたが…、シングレースは頑なに自分のことを話そうとはしない。 それならば…と脅しを加えたプロンジェの頼みにも、シングレースはあっかんべをする。 その表情と様子に、プロンジェは僅かにニヤリとする。 シングレースの台詞の中から、あることを掴んだ。 「…死なないと?どこにお住みでしょうが、あなたの種族は命ある鳥人です。  その鳥人が死なない、これは一体どういうことでしょうか?不死鳥か何かですか?」 「…え?」 プロンジェの突然の台詞に、シングレースは間抜けな声を上げた。 「不死鳥…陸の世界で旅していたときに聞いたことがあります。  不死鳥とは、鳥人の先祖である怪物の1人…フェニックスを指しますが、  あなたにそのフェニックスの血が流れておられるとは思いませんね。  と、いうよりもフェニックスが鳥人だとしても、死なない故に転生をして姿を変えることもない。」 「アナタ、一体何が言いたいワケ…?」 「鳥人の特徴と不死身という理屈が正しければ、あなたのそのお姿は火の鳥であるはずです。  あなたが本当に死なないのなら、おれがあなたに武器を向けてもよろしい、ということですね?  それでもしあなたが死んでしまって新たに転生したとなれば、  その時点で不死身というのはあり得ないということになりますよ。」 「ちょっとちょっと、何勝手に話して勝手に納得してるのよっ、意味わかんないわっ。」 「転生…。それがもし叶ったなら前世の記憶や状態を知らない。  しかし、それを知ったうえでの転生が可能なら、ただ者ではない…。」 「ってちょっと、聞いてるの?」 考察を始めたプロンジェに、シングレースはイライラしながら答えを返す。 プロンジェの話を聞けば聞く程、シングレースは落ち着きを無くし、焦り始める。 自分の言っていることを疑われ、自身で答えを暴きだそうとするその様に、危機感が募っていく。 ━━━━━これはひょっとしたら…、まずいかもしれない。 シングレース…、いや、シングレースの中に潜んでいるある人物が、声を上げ始めた。 「ただ者ではない…。そう言えば、この美術室に元から住んでおられる方々もそうですね。  特に幻無さんは、突然現れて突然消える…謎に満ちたお方です。  すぐ目の前にいたのが、手を伸ばした頃には既にいなくなっておられる、不思議な少年。  すぐに現れてすぐ消える、浮遊して移動するその様は…まるで幽霊のような…。」 「…幽霊?本来は目には見えない存在で、霊能者のみに見えるという…あれですの?」 「おっしゃる通りです。尤も、世間一般的にはそれは存在しないと言われています。  けれど、この暗い美術室なら…出てもおかしくはなさそうです。  幽霊は、夜や暗い場所でその姿を現すという言い伝えがある程ですしね。  そして幽霊には実体はなく、あらゆる物体をすり抜けられるという。  しまいには…、他者を乗っ取っていたずらするということまで可能だとか。」 プロンジェが、シングレースの方をジロジロ見ながら幽霊のことを語った。 シングレース本人を怪しむようなその仕草に、シングレースはビクッとする。 シングレースと目を合わせると、プロンジェは更に追い打ちをかけるように話す。 「不死鳥でなければ不死身はあり得ない、烏や梟を除いたなら夜行性も考えにくい。  不死身でなければいずれは死に、後に転生して…けれど、前世の記憶を持っているのなら妙。  もしアナタが本当にただの鳥人ならば、不死身でもなければ好んで暗い場所に住むのも考えにくい。  ………おれには、あなたが本当に鳥人とは思えませんね。」 「………何よ、それはアタシが鳥人じゃないって言いたいわけ?  でも、この翼にこの尾羽は紛れもなく鳥の人よ?アナタの思い込みじゃないの?」 「確かに、あなたのそのお姿は鳥人です。鳥人は皆、  自分の翼で宙を舞い、明るく広々とした場所で過ごします。  それに加え、人と話すことが大好きという種族ですしね。  けれども、あなたはそれを嫌うかのように、こんな暗いところにおられる。ちょっと変です。」 「………。」 「更に、そのお姿は不死身の火の鳥でも、暗い場所で活動する烏でも、梟でもない。  それらを除いた鳥人の傾向とは真っ向から反対するようなこの場所。  本当の鳥人とは言い難い。ならば、鳥人の姿を被った誰かということも考えられる。  その1つとして、幽霊。この場には幽霊が出てもおかしくない。  …そういうおれも、以前ここで意識を失いました。」 「………………。」 「けれども、単なる気まぐれでおれやその人を乗っ取るということも、如何なものか。  ならば、おれや彼女を知る誰かの仕業である可能性が高い。  おれや彼女が知っているであろう人物の中で、  幽霊的な特徴を持っているのは、あなたしか思い当たりません。  ━━━━━そうではないでしょうか、幻無さん?」 ………あなた以外には不可能だと思いますね。他者を乗っ取るということは。 鋭い目つきでプロンジェが言うと、シングレース………いや、 幻無は驚愕の表情をして、 「━━━━━………うそ、バレちゃった?」 …と、シングレースの姿で、シングレースの声で呟いた………。 『H-06 しんじつ』に続く。