『うけいれ』 ━━━━━シェリーに導かれたその先にいた。 沢山の画材、沢山の資料、沢山の作品…。床も、壁も、そして天井にも…、隙間なく並べられていた。 それらに囲まれた状態で、幻無とネクラは静かにただずんでいる。 「…来たってことは、一応…覚悟は出来たみたいだね。」 あらゆる者を寄せ付けないように並べられた作品に包まれ…、幻無が右腕を振る。 エアリーだけを睨み、左腕の振袖の中に何かを仕込む。 傍にあった…紙粘土で作られた烏の人形の頭を、そっと撫でている。 一方、ネクラは相変わらずの無表情だった。幻無とエアリーを交互に見て、 木製の椅子に座ったまま筆と絵の具の入れられたパレットを持ち、ジッとこちらを見つめる。 …幻無とネクラが、自分を狙っている。2人に視線を一緒に向けられたのだ、何も言われなくとも…そう感じた。 「あなた達がなんでわたしを狙うのかって話だけど、本当に純人間が嫌いだからなの?」 「そうだよ。僕達はあいつらが、吐き気がする程嫌いなの。」 「どうしてそんなに嫌うの?人間達が、あなた達に何かしたの?」 「それに関する答えなんてどこにもないよ。」 「答えがないのに彼等を殺したの?それって変じゃない?」 「殺すのに、答えなんて必要なの?具体的な答えがさ。」 「答えのない殺人なんて、どうかしてるわ。なんであなた達のために皆が殺されなくちゃならないの?」 「じゃあ、なんでこの世界の人々は武器を持ちたがるの?」 「(話が平行線ですわね…。このままでは…。)」 悲しそうな表情でエアリーが2人に問い掛けると、幻無の方が淡々とした様子で答えていく。 間接的に他者を利用したうえでの殺人をやめるようにいうが、 幻無はそれを無視するどころか反発を起こしている。幻無は、物凄く怒った顔をしてエアリーに話す。 「大聖、宮守、プロンジェ、そして…君達は会ってないだろうプラソン。  皆、それぞれ自分の武器を持ってる。元々の種族が強い種族でありながらも、強い武器を持ってる。」 「幻無。あなたは一体、何を言おうとしてるの?」 「僕の方からもこの際だから、エアリー。君にも正直に話そう。  宮守に歩目を人質にして殺人を行わせたのも、  プロンジェやシングレースを乗っ取ったのも僕だ。」 「………っ!!!」 幻無の表情が、歪んでいく。 声も、ドス黒いものに変わる。 その話を聞いたエアリーの表情が、ショックで強張る。 それに構わず、いや…、エアリーの反応を見てニヤリと不適に笑って話す。 「剣とか槍とか棍とか、そんな危なっかしい凶器(ぶき)を、僕自身は持てない。  特異な力は持ってても、戦える程の力はない。  それで、人間と戦うために、僕は他者の力を借りて戦った。」 「待って!この世界でも、他者を喰わない限りは殺人は許されないのよ!幻無、殺した後彼等をどうしたの…。」 「大丈夫さ。そのこともあいつから聞いてる。知ってるよ。  …でも、大聖のせいでそれをし損ねちゃったけどね。  こっちに来てくれるはずだった竜が、陸や海に来れなくなっちゃったみたいだしぃ?」 「竜…?それってまさか…!」 「シングレースが見た、あの黒い炎のことさ。尤も、本人はなんで自分が脱獄出来たのかわからないみたいだけど。」 気味の悪い笑みを浮かべて明かす幻無に、エアリーとプロンジェが信じられないと愕然とする。 それと一緒に、シェリーとシングレースは許せないと怒りを露にする。 「でも…。」 そんな4人の様子をチラリと見てから、幻無が浮遊しながら足を組む。その表情は、 それはそれはつまらなさそうな、つんとした顔。 「僕達も、2つの誤算を作っちゃった。1つは、大聖が原因で竜に会い損ねたこと。  プロンジェを乗っ取ったときに、封印が解けたっぽいから竜を探しに行こうとしたけど、  ここに君達が来るってわかって、そういうわけにも行かなくなっちゃった。  2つは、エアリー…君を殺し損ねたこと。」 「わたしを…殺しっ…!?」 「ネクラも意思を表したみたいだけど、僕も本当は君を殺すつもりだったよ。…君は、ほんっとにムカつくんだ。」 幻無の台詞に、4人は血相を変える。 「君を殺してどうする気なのか?鍛冶なんて出来なくったって僕達の技術を使えば武器も大量に生産出来る。  僕がそれと強い種族を乗っ取って戦えばネクラはもう傷付かない。  戦うことで他の種族を野性化させたなら、彼等は…無駄に進化する前の野性の心に戻る。  そうして懐かせたら、僕達に従順になる。…上手く伝わったかな?」 「…じゃあ結果的には、その妨げになる純人間や人間の心を、消し去ろうってこと!?」 「その通り!」 自分にとって興味あることを話しているときのように…、楽しそうに、真剣に話した。 シングレースが問い返せば、幻無も狂ったような笑顔で頷く。 …3人が戸惑う中、プロンジェだけが落ち着いた様子で言う。 「よく考えて下さい。野性化させた後に、自らの手で手なずけたならば、  消えた人間性が戻るだけです。野性の動物が人に慣れて変わるのと同じですよ。」 「…それは、野性化した後でも、一度身についた心や記憶は、完全にはなくならないということですの?」 「えぇ。生物が、怪物が、幻獣が。人に沿って特殊な進化したおれ達のような種族ならば、尚更です。  記憶喪失でもしなければ、完全に消えるということはないでしょう。」 幻無に煽られるように、エアリー、シェリー、シングレースの心が感情に流されそうになっている中、 プロンジェが幻無とネクラへの説得を兼ねて言った。 プロンジェの反論に、幻無が露骨に気に食わなさそうな…嫌な感じの顔をする。 「従順にさせようとしたところで、人間性とか人間が戻るぅ?  ………まっ、ともかくネクラを傷付けないで仲良くしてくれたら、それでいいんだけどね!」 冷静さを失っていないプロンジェに一瞬怯みを見せつつ、幻無は両手に握りこぶしを作って怒り、更に言い返す。 感情的になっている幻無の言ったあることに、エアリーはあることに気付き、幻無とネクラを見つめる。 ………もしかして。 もしかして、この2人。 ふと、ここに来る前に読んだ、日誌の内容が頭を過ぎる━━━━━。 「…エアリー?」 シングレースが名前を呼んだ頃、エアリーは歩いて幻無とネクラに近寄る。 話の途中に近付いてきたエアリーに、幻無はネクラと一緒に後ろに下がる。 「エアリー、危ないわよ!アナタ、その2人に命を狙われてるのよ!」 「そうですわ!エアリー、お下がりなさい!」 エアリーの行動に、無茶を感じたシングレースとシェリーが慌てて引き止めようと腕を前へ伸ばす。 だが、エアリーは引くことなく幻無とネクラのすぐ傍まで来ている。 …1人その行動を見ているプロンジェが、シェリーとシングレースの制止行動を止める。 止めに入ったプロンジェの顔を2人が揃って見ると、プロンジェは…静かに微笑んで頷く。 「…行かせてみましょう。」 2人に見守るように促すと、プロンジェも武器を手に握ったまま、幻無とネクラ、そしてエアリーを見た。 「え?でも…。」 「大丈夫です。…きっと。」 プロンジェにそう言われるも、2人に狙われているエアリーを…1人だけ行かせてもいいのか。 シングレースが首を傾げると、プロンジェは…また頷く。 「彼女を、信じてみましょう。」 そう言うと、シェリーとシングレースに見守るように足し、自分もエアリーの方を向く。 「━━━━━幻無、ネクラ。」 「あっ、やっと戦う気になれた?そうそう、君がその気にならなくちゃね。」 エアリーが近付いて呼ぶと、幻無の口元が緩む。その目は笑っておらず、睨んでいる。 そんな幻無の隣にいるネクラは…、無表情のまま何も変わらない。 エアリーは、ネクラの様子をチラッと見てから、幻無に問いかける。 「…ネクラは、あなたと違ってポーカーフェイスなのね。一体どうして?」 「そんなこと、僕が聞きたいくらいさ。」 「ネクラと1番一緒にいる、あなたさえ知らないの?」 「知らないよ。僕がこうやって皆の前に現れて、動けるようになってから、もうネクラはずーーーっとこんな感じ。」 「そうなんだ…。あなたがこうやって動き出してからってことは、昔…生前はそうじゃなかったってこと?」 「なんで君なんかにネクラのこと教えなくちゃならないの。」 「あなたは、ネクラのために…人間を殺したって言ってたわよね。  その割には、わたしが近付いても彼女は黙ってる。それが気になってね。」 「黙ってるから何さ。君もネクラに殺されかけたんだろ?」 「………。」 幻無とネクラの話、表情を伺いつつも、エアリーは慎重に言葉を返していく。 …少しでも言葉を選び間違えたら、自分はこの2人に殺されるかもしれないという防衛本能がはたらく。 …それでも、だからと言って抑制することをせず、なるべく自分の気持ちを伝えようとする。 「確かに殺されかけたわ。多分、幻無だけじゃなくネクラも…攻撃しようと思えばするのでしょうね。」 「そうだよ。なんてったって、自分自身が脅かされる。だから人間を倒そうとするんだ。」 「そう…。あなた達のその気持ち、わからなくともないけれど、  ………本当に、それでいいの?」 「…何?」 エアリーの言ったことに、幻無理は一瞬眉を寄せる。 …一体、何を言おうっていうんだ、彼女は。 「そうだよ。そうすることで、僕達も苦しいのとおさらば出来るんだもの。平和に暮らせるんだもの。」 「本当にそれでいいのって聞いてるのよ。あなた達は、自分達さえいいなら、  わたし達を含め、他の皆はどうなったっていいっていうの?」 「誰がそんな酷いこと言ったのかな?そんなこと話した覚えはないけどね。」 「………。」 自分の言っていることが、していることが一体どういうことをしているのか。その自覚がないのだろうか。 少し悲しそうに目を細めて言うエアリーに対し、幻無はニヤリと妖しい笑みを浮かべている。 …幻無だけに話しても駄目かもしれない。 「ネクラ、あなたはどうなの?ずっと黙ってるけど、幻無と同じ考え?」 「そうよ…。私は…私達はもう…、人間なんかとは関わりたくない…。」 「その人間には、当然わたしも含まれてるのよね?」 「えぇ…。」 …なら、この部屋に来る前に見た、自分を含めた皆の絵は、一体何だというのだろう…。 ただ、話を聞いていて、気付けたモノがある。 だが、気付いたからと言ってエアリーはあえてそれを言わない。…日誌に書かれていたことが確かなら、 それを言ってしまうと2人の心の傷をえぐり出してしまうかもしれないと思ったから。 それは、生きていくにあたって避けることは出来ないものだ。 それでも、他者を乗っ取り、他人の姿を自らの仮面として、本人そっくりに演じていく。 そうすることで、2人は自分に幾多の矛先を向けられるのを避けようとする。 …これ以上、辛い目に遭わないために…。 「人間とは関わりたくない、倒したい。本当にそれで隠れ続けて、  逃げ続けていいの?あなた達は、何かを諦めてない?」 「諦めるって何をだよ。」 「それは…。」 「それは?」 「幻無、ネクラ。それがなんなのかは、あなた達が1番わかってるんじゃない?」 『━━━━━バッ!!!!』 「━━━━━っ!!?」 そう言うと、エアリーはシェリーから受け取った日誌を取り上げた。 その行動を見た2人のうち、幻無の方が血相を変える。 ネクラの方も無表情ではあったが、それを隠滅せんと筆洗バケツを持ち、それをエアリーに投げ付ける。 「…!」 一体なぜその日誌を持っているのかを聞こうとしたその声も、愕然とするあまり出なかった。 「エアリーッ!!?」 ネクラが投げた筆洗バケツが直撃する。シングレースが危ないと名を呼んだがエアリーは逃げもせず、避けもしなかった。 『バシャアッ!!』 「っ!!」 筆洗バケツに入っていた濁った水を、頭から被る。 綺麗に整えた金髪に濁りと乱れが生じるが、エアリーは反応を示さない。 筆洗バケツを投げたネクラの方を、ただ…真っ直ぐに見つめている。 「…生きていれば、こんな攻撃だってされることもあるわ。でも、正直に言うとたいしたことない。」 日誌をギュッと握り締め、一歩、一歩と前に出る。目を開けて2人をまっすぐに見つめる。 攻撃を受けていながらも平然としているその様に、2人はたじろぎ一歩後ろに下がる。 「今みたいな攻撃も、今後生きてたらやられることもあるでしょうね。  命が脅かされないなら、どうってことない。」 「なんだよっ!強がっちゃってさぁ!」 「幻無もネクラも、なんでわたしから逃げるの?わたしが人間だから?そうじゃないわよね?」 「それは………。」 「あなた達はわたしに攻撃した。でも、わたしはそれに対してやり返す気はないわ。  だって、あなた達が心に負ってるものに比べたら…。」 そう言うと、目を細めて…2人に日誌を返す。 差し出された日誌にネクラが手を伸ばし、変わらない表情で受け取った。 それを目で確認すると、エアリーは目を伏せる。 「日誌を勝手に読んで、ごめんなさい。でも、あなた達の秘密を知ってしまったからこそ、  わたしはあなた達にこうやって近付くことが出来るの。  あなた達が人間を嫌う真の理由は、…聞くまでもないわ。  あなた達がそんな気持ちを抱くのは…無理もないことよ。  尤も、わたしにはそんな現状があることや、そういう人がいるなんて、想像すら出来ないけれど。」 「それは何?君とは違う僕達に対する同情?余計なお世話だよ。  想像も出来ないってなら、そうしようとしたところで、  一体何が出来るっていうのさ。君なんかに。」 「同情なんかじゃないわ。」 「じゃあ何さ!どうせ、どこかで僕達のこと見下してるんじゃないの?  『わたしは独立して花を咲かせた、それに比べて…。』みたいにさぁ?ネクラはどう思う?」 「…右に同じよ…。」 「そう………。」 エアリーが申し訳なさそうに言うのに対し、幻無が仏頂面で無愛想に返し、ネクラはそれにコクコクと頷いた。 自分の言いたいことや伝えたい気持ちが、2人の機嫌を損ねさせる一方でなかなか伝わらない。 それでも、どうしてわかってくれないのか、わかろうとしないのかを追求することだけは、しなかった。 ━━━━━あなた達があんなことにしてしまったのは、………そうせざるを得なかったのでしょうね。 あなた達も、自分の力で戦うことは出来ないものね。 「見下してるつもりはないわ。ただ…、無意識にはしてしまってるのかも。」 「ほら見なよ。どうして人間ってそうなの?」 「そうよ、わたしは人間。あなた達の大嫌いな人間。でも…幻無にネクラ、あなた達も本当は…。」 「…その先は言うなっ!!!」 両手を胸元に当てがいながら言おうとしたエアリーの台詞を、幻無が遮った。 幻無が感情を抑え切れず憤慨して、ネクラは「聞きたくない…。」と首を左右に振っている。 その様子が、ブルブル震えた子供の光景と重なったのは、気のせいだろうか。 人間を嫌い、倒そうというその裏にある恐怖と不安に怯える姿が、ほんの僅かに移った。 ………どうしようもなかった。どうしようもなかったのかもしれない。 自分達は、武器なる物を作ることは出来てもそれを相手に振るうことは出来ない。 野性を持たない自分や2人には、直接殴る、蹴るといった攻撃や抵抗を見せる必要があるとは限らない。 相手が何を持っていようが、仲良くする気がないならば…、 自分はそれから追われることになろうとも逃げ続けた方が懸命なこともある。仮面を被ってでも。 「幻無、ネクラ。」 「それ以上寄るなっ!僕にも、ネクラにもっ!  僕達が君に何しても君が引かないってなら、本当に君を殺すよ!?」 「本当に、そうするの?」 「うるさいっ!!だって、僕達は皆の標的にされるんだっ!!  誰がいてもどこにいても、絶対に受け入れられることなくおもちゃにされる奴らなんだっ!!  僕達がしてることは、そいつらと何も変わらないじゃないかっ!!  それなのに、僕達ばかり散々なこと言われてさぁ!!?ズルイよっ!!」 エアリーの話に、もはや耳を傾けなくなってしまった。 怒りを爆発させ、怒鳴り散らし始めた幻無にプロンジェとシェリー、 そしてシングレースは顔を少し強張らせ、エアリーの身に何かあったときに備え付け背後で構える。 エアリーは…、うろたえを見せず、幻無とネクラをジッと見つめている。 「僕とネクラにこんなことを押し付けたのは、君達のような人間だっ!!  でも、自分で自分のことを可哀相、それだけは言うもんかっ!!!  誰のせいでこんな目に遭ってるって思ってるんだっ!!!  そう言ったところで、『悲劇のヒロインみたいだ』って言われるのはわかってるからねっ!!!  それとも何だよっ!!全部こっちが悪いっていうのかっ!!!?ぇえっ!!!?」 「落ち着いて下さいっ!!幻無さんっ!!」 「落ち着けたらとっくに落ち着いてるさ!!それだったら、  何も言わず何も表さなくなったネクラみたいになるけど!!?」 「(ウ、ウソ…。こ、これがあの幻無なの…!?  ちょっと怒りっぽいだけって思ってたけど、流石にここまで行くと別人じゃない…!)」 「(本性を表したようですわね…。さて、一体ここからどう出るべきでしょう…。)」 プロンジェの制止も振り切り、幻無は発狂を起こし出した。 その激しさに反比例するように、ネクラは固く口を閉ざし、人形のようになっていく。 …幻無の壊れた様子に、ネクラの閉ざした様子。それを見たエアリーは…、悲しい気持ちになっていく…。 何を言っても聞かない。何を聞いても言わない。 「幻無、ネクラ。あなた達は…自分のしたことがどんなことかわかってるの?」 「そんなもんっ!!承知のうえさ!!」 「…それがわかってるなら、どうして殺すなんて行動に出たの。  話し合ったり、競い合ったりわかり合うってことはしないの?」 「皆武器持ちだろうがっ!!こっちがそれを捨てても、奴らがそれを捨てなかったら、  結局は同じことだっ!!!そんな生温い手段が通じるかっ!!!」 …だから、皆を乗っ取ったの? 幻無は激しく怒り、ネクラは自分と幻無を守るように…大きく広い白紙のイラストレーションボードを盾にしている。 それ以上、近付くな。寄るな。 幻無が、ネクラが。拒絶をし続けてもエアリーだけは近付いていく。 幻無とネクラの様子と台詞。それらに、エアリーは泣きそうになりながら2人を見つめる。 もし歩んで来た道が少しでも違っていたら、自分も同じようなことになっていたかもしれない。この2人と…。 泣きそうなのを堪えながら、エアリーは2人に話す。 「幻無、ネクラ。もしあなた達が人間を皆殺したとしても、あなた達は平穏には暮らせないと思うわ。  今のまま、いえ、今以上に酷い目に遭うと思うの。」 「なっ…!?」 エアリーが言ったことに、幻無が愕然とする。 「あなたがプロンジェやシングレースにしたことや、2人を乗っ取ったときしたこと、  そして…それに対するシェリーの態度に、結果として表れてる。」 あなたが望んでいることは、今のままじゃ叶わない。 そう言われると、幻無の頭の中が真っ白になり、 ネクラはイラストレーションボードを盾にするのをやめ、ダラリと下ろす。 エアリーのこの台詞に、2人はとんでもないことに気付く。 ━━━━━自分達がこの世界でやったことは、かつて過ごしていた世界でやられたことと、同じだった。 自分達が人間を消したからと言って、 完全な野性を取り戻した生物達とうまくやれるということとは…。 イコールにはならないのかもしれない。 「その日誌に書いてある通りに聞くなら…、バイメンは、あなた達に何を望んでこの世界に連れてきたと思う?」 バイメンは、自分達の気持ちを、意思を尊重したうえで…この世界に連れて来てくれた。 幻無は、ネクラは、膝を床につく。2人とも言葉を失い、茫然とする。 「ただ、バイメンでもあなた達にしてやれないことが、1つだけあるんじゃないかな?  あなた達とバイメンがどんな関係なのかは知らないけど、  あなた達の様子を見てたら、なんとなくそう思えるの。」 ほんの少しだけ笑って話すと、片手を幻無の肩に、もう片方の手をネクラの肩に乗せる。 「幻無、ネクラ。あなた達はかわいそうな子。ただ、  あなた達が酷いことをする人だからかわいそうだって言ってるんじゃない。  かわいそうだって言うなら、同情で終わらせることもしない。」 「「………?」」 「覚悟なら、もう出来てるわ。  ━━━━━幻無、ネクラ。もしあなた達さえよければ、一緒に過ごしましょう………。」 俯きながら、エアリーは2人を…そのまま自分の方へ引き寄せた。 幻無とネクラは、それぞれエアリーの肩に顔を埋める形になる。ほんの少しだけ視線をやると、 エアリーは、泣いていた。 「………なんでっ………。」 なんで、こんな気持ちになっているのかわからない。気が付けば、幻無も泣いていた。 ネクラは、心まで死んだように、動かなかった…。 『H-10 おかえり』に続く。