「━━━━━ねぇ、2人とも。外に出てみない?」 落ち着いた、だがまだ元気を無くしている幻無とネクラの背中を、エアリーが軽く押す。 小さく笑うエアリーの方を、幻無とネクラがぼんやりと見つめる。 2人から返事はこなかったが、瞬きを何度かして部屋の向こうを向いた。 それが、今の2人なりの返事ということがわかると、 2人の背中を押しながら、エアリーと幻無、ネクラはこの美術室の入口へ向かう。 その後を、プロンジェにシェリー、そしてシングレースがついていく。 「…エアリー。」 ふと、シェリーがエアリーに問いかける。シェリーの呼び声にエアリーもくるっと振り向く。 「あなたは、これでよかったの?」 「よかったって…?何が?」 「幻無とネクラですわ。あなたは、あなた自身を狙ったこのお2人をお許しになった。  そこまでは十分ご理解出来ますが、そんなお2人と一緒に働きになる気で?」 「わたしは、その気でいるわ。ただ、一緒に働くか否かは2人の意思次第よ。  わたしも、強引に働かせるなんてことはしたくないし。」 「そうですの。でも…、お2人が近くにいるのなら、いつ狙われてもおかしくはなくってよ?  …それも、予想範囲内なんですの?」 「それなら大丈夫よ。幻無もネクラももう、殺したり狙ったりしないわ。」 1本しかない眉を歪ませて、シェリーがエアリーに問いかけた。 …シェリーにここで問いかけられても、エアリーは迷わなかった。 もう殺したり、狙ったりしない。そう言われて幻無とネクラがバッと振り向くが、 エアリーは「ね?」と同意を求めることはしなかった。 「さ、一先ずは外に出ましょ。自分のお店には手を出されてないことがわかったし。  わたしは一度、自分のお店に帰ることにするわ。  いろんな人に会えたし、皆ともっと話したいしね。」 「…?ならば、あなたがおっしゃっておられた旅を、今この場で終えるということでしょうか?」 「えぇ。一旦は終えて、皆ともっと話してみたいの。」 エアリーがにっこりと笑って言うと、プロンジェが気付いて問いかけた。 その問いに対し、エアリーはコクリと頷く。 「もし皆がそれを望むならお店を再開するし、そうでないならまた探すまでよ。  それをする前に、一度皆で話す機会を設けたいんだ。  ねぇプロンジェ、シェリー。勝手なのはわかってるんだけど、  後日でいいからオクトラーケンの皆をここに連れて来てくれないかな?」 「こちらのクラインの件での交渉ですね?お嬢様、いかがなさいましょう。」 「ここに来るか否かはご本人の意思次第ですわ。  もし彼女がエアリーの元でいることを拒んだなら、あたくし達が伝達することにしましょう。」 「さようでございますか。」 頷いた後、「あ。」と小さく声を上げた。何かを思い出したのか、プロンジェの方を向く。 少し申し訳なさそうな顔をして事情を説明すると、プロンジェが困ることなく答えた。 その選択と決断を主であるシェリーに振れば、振られたシェリーは素っ気なく返した。 シェリーがそう意思を示せば、プロンジェは何も言わない。頭を下げる。 プロンジェとシェリーの話を聞いたシングレースが、ぴょいとエアリーの隣に移動する。 「ねぇねぇエアリー!それだったらアタシも一緒に働いていい?  アタシ、前から女の人はオーナーやってるところで働きたいって思ってたんだー。」 「本当!?シング、一緒に働いてくれるのね!?」 「えぇ、今回の出来ごとで、なんだか幻想世界に対する興味がなくなっちゃった。  だから、アタシもアナタのお店で働くことに決めたわ!」 「ありがとうシング!じゃあ決まりね!」 シングレースが自分の意思を示すのを聞いて、エアリーが食い付き気味に返した。 目を輝かせ、口元を緩ませ、互いに嬉しそうにしている。 シングレースが手を胸元に当てれば、エアリーは大きく頷いた。 「よーし、これで歩目と、夜魔と、ボレーラと、シングと…。」 幻無の背中を押していた方の手を一度離し、 現時点で、一緒に働くと言ってくれた人の名前を言い、人数を数える。 仲間が増えていって嬉しい、加えられた方も嬉しい………。 お互いに喜んでいるその様を見て、幻無とネクラは互いに顔を見つめる。 ………自分達が、酷いことをした自分達が一緒に働きたいといっても、 エアリーは………、喜んでくれるだろうか? 確かに、自分達の能力目当てでその仲間に加えるということも十分に考えられる。 それならば、エアリーの方から自分達を選んだということも、頷ける。 ただ、能力が備わっているからといって、それが活かされるのかとなれば話は別だろう。 一緒にお店で働くにあたって、自分達がしたいと思っていることをしてくれるなら。 ただ、そのしたいことは今の状態のまま留まらせておいた方がいいかもしれない。 …と考えておきながら、いくら悩んだところで、 行動に移さない限りはわからないことくらい、2人ともわかっている。 それでも、意思を示そうとしないのは…まだ、その覚悟が出来ていないということだろうか。 考えながら、悩みながら、迷いながら。 だが、どんなにそのようなことをしたって、行動に移さなければ何も変わりはしない。 わかっているのに。わかっているはずなのに。 幻無とネクラが正面を向き直った頃には、 明るく光る、出口が見え始めた━━━━━。 『きかん』 『━━━━━カァッ!!!』 「━━━━━きゃっ!!ま、眩しっ…!!!』 暗い美術室を出た直後、強烈な太陽光が視界に差し込んだ。 暗闇に慣れた目をキュッと閉じ、一斉に手を翳す。 手を翳して光をある程度遮りながら辺りを見ると、そこは自分達が知る、 エアリーのお店の裏側にある墓場の目の前だった。 変わらないその光景に、幻無とネクラを覗いた者達は安堵する。 「………戻って、これたのですね。」 墓場の向こうには、海の世界に通ずる川が流れている。 光が反射し、水面はキラキラと光っているその様を見て、シェリーは目を細める。 そのまま目を細めたまま、プロンジェの方を見れば…プロンジェも頷く。 「あ!プロンジェ、シェリーもどこ行くの?」 頷いた直後、皆に何も言わずに川の方へ向かってしまっていたらしい。 慌てた様子のシングレースに呼び止められ、プロンジェとシェリーは一緒に振り向く。 振り向けば、ほんの少し寂しそうな顔をする。 「これまでの原因が幻無さんとネクラさんであるとわかり、  おれとお嬢様が今この世界にいる理由が、なくなりまして。」 「………。」 ━━━━━やっぱり、プロンジェが話してくれた武器屋って、わたしのお店のことだったのね…。 「そっか。それじゃあ仕方ないよね。2人は海から来たんだものね。  帰る場所が、わたし達とは違う。」 プロンジェがそう話すと、エアリーも少し寂しそうに笑った。 エアリーが笑えばプロンジェも小さく笑った。そうして、首を左右に振る。 プロンジェの役割を継ぐように、シェリーが口元を緩ませて話す。 「一度帰るだけであなた方とはお会いしないとは言うおつもりはございません。  また後に、皆揃ってここにご訪問なさるおつもりです。  そんなに、寂しがることはございませんわ。」 「あなた達も、また来てくれるのね?」 「えぇ、あなた方さえよければ。」 シェリーの台詞に、エアリーの顔がパァッと明るくなる。 その隣から、シングレースがいい事を思いついたように2人に近づく。 「そうねー!アタシはまだアナタ達とあんまり話せなかったし、  今回で関係を終わらすのは惜しいわ。」 「こちらこそ、本当のあなたというお方と、もっと話してみたいですよ。」 「あら!好感触のようで嬉しいわ!」 シングレースが笑顔で話すと、プロンジェも微笑んで頷いた。 シェリーの方も素っ気ない感じでがあったが、コクリと頷いた。 エアリー、シングレースと話せば、幻無とネクラの方を向く。 すると、幻無は顔を俯かせネクラは目線を逸らす。 その様を見て、シェリーはムスッとして何も言うことはしなかった。 この2人には、プロンジェだけが近寄り、少し困ったように笑う。 「…この世界全体に及ぼしたことは拭えなくとも、  あなたがおれにしてしまったことは、過ぎたことです。  自分自身と時間をかけて向き合い…自分の道を歩んで下さい。」 「………。」 「あなた達のことを深く知った方々なら、少なからず受け入れようとはしてくれましょう………。」 「………………。」 プロンジェがそう言うと、幻無はぷいっとそっぽを向いた。 ネクラは…、無表情のまま、変化を現すことはなかった。 「…プロンジェ、やっぱり僕は君も気に入らない。  嫌うまではいかなくとも、見ててイライラする。」 …気に食わなさそうな顔で、小さい声でそう言った。 幻無のそんな態度にも、プロンジェは困ったように笑うだけだった。 笑うのを見て、幻無はくわっと怒ってプロンジェを指差す。 「あんまりエラそうなことは言いたくないけれど!当分僕とネクラの前に現れないでよ!」 「あら、それはこちらの台詞ですわ!危険に晒したあなた方に、誰が喜んでお会いするものですか!」 「そういうくらいなら、とっとと帰っちゃえばいいじゃないか!  許せないからって、なんでそうやって熱くなって喧嘩売っちゃうかなぁ?」 「あなたこそ、その態度をお直しになられては?」 「お嬢様も幻無さんも落ち着いて下さい。今は…お互いにそっとしてあげましょう。」 「「………。」」 幻無が怒った顔で言うと、それにシェリーが噛みつく。 このままでは口喧嘩が起こってしまうと、プロンジェが2人の間に入り仲裁する。 プロンジェが割って入ったことにより、2人は喧嘩するのをやめたものの、 「…ふんっ!」とそれぞれの向き…反対方向に向く。 「…やれやれ、会いに来るとはいっても、これじゃあ当分大変そうね。」 「最初のうちはこんなものよ。後は、会う回数、  話す回数を増やして積み重ねていけば、なるようになるわ。」 プロンジェ、シェリー、幻無の様子を見て、シングレースが笑いながらも溜息をついた。 シングレースが笑えば、それさえも気にしないというエアリーも笑った。 仲裁させたから、シェリーの肩を取ってプロンジェが2人の方を見る。 「では、おれ達は一先ず館に帰ります。長く陸におりますと、器官に支障をきたしますので。」 「それじゃあしょうがないわね。でも、後日皆を連れて来てくれるのよね?」 「えぇ、約束しますわ。」 エアリーがそう言うと、シェリーが微笑して頷いた。 その後、プロンジェとシェリーが揃って川へと飛び込もうとする。 ここに残ることになったエアリーとシングレースが、2人の帰りを見送ろうとしたとき。 「ご………。」 幻無の隣にいたネクラが、口を開いた。 「………?」 小さく、だがはっきりとしたその声に、プロンジェとシェリーが振り向く。 ネクラは、無表情のまま、抑揚の少ない声で、何かを話そうとしている。 それは、プロンジェとシェリーなりに、許しと気づかいに対するあるもの。 「………ごめん、なさい………。」 ━━━━━こんな自分達のために、ごめんなさい………。 ネクラのその声に、プロンジェとシェリーは一瞬震えた。 それを聞いた幻無も、時間を戻されて当時の光景を見てしまったような感じになった。 ネクラが謝罪を示せば、幻無に辛い気持ちがドッと流れ込む。 幻無は俯いて、両手に握り拳を作る。その様子は…悔しそうだった。 幻無とネクラの様子を見てから、プロンジェとシェリーは互いに見つめ合う。 それで、もう一度幻無とネクラの方を向き、シェリーが口を開く。 「………よくよく聞いてみれば、落ち着いた…優しい声ですわね。」 「………。」 僅かに笑ってそう言うも、ネクラはそれを聞いているのかいないのか。 笑うことなく、怒ることもなく、驚くこともなく…ぼんやりと見つめているだけだった。 シェリーのその台詞に幻無はハッと顔を上げるが、声は上げなかった。 今となっては、それでも十分だった。 「では、あたくし達はこれで失礼いたします。  エアリー、シングレース、この度は、本当にありがとうございました。」 「こちらこそありがとう!アナタ達のおかげで、無事に出られたもの!」 「2人ともありがとう。また気が向いたら…いつでも遊びに来てね。」 シェリーが別れの挨拶をすれば、プロンジェも丁寧に頭を下げる。 それに対し、エアリーとシングレースも笑って返す。 「それでは皆さん、また今度お会いいたしましょう。」 『ザバァッ………。』 プロンジェが話したその挨拶を最後に。2人の姿が水の中へと消えた━━━━━。 ………。 「━━━━━なんだか、洒落た人達ね。」 プロンジェとシェリーが、水の世界へと帰ったその後のこと。 2人が飛び込んで発生した波紋を見て、シングレースが振り返るように呟いた。 波紋が、水面が、ゆらゆら、キラキラとしている。 その揺れと光が、この場に集まった自分達を祝福してくれてるように感じた。 2人が行ってしまったのを確認すると、エアリーは幻無とネクラの方を向く。 エアリーと視線が合った幻無とネクラは、少し顔を上げる。 自分達に何か用か?一体、どんな用なのか? それだけのことなのに、幻無は恐怖心を覚え…、ネクラは逃げようと足を後ろに出す。 エアリーがまだ何もしておらず、話してもないのにそのような行為を見せるのは。 2人から答えを聞かなくても、完全に答えが一致していなくとも。 …わかるところがある。感じ取れるところもある。 それも無理もないことなのかもしれない。 許してくれたからといって、いきなり受け入れることは出来ないのだろう。 そんな反応を見せられたが、エアリーは…問いかけることはしなかった。 「…あなた達は、これからどうしたいの?」 プロンジェが話していたように、ある物を得る何かをするのか。 自分と一緒に働くことにするのか。問うことはしても問い詰めることはしなかった。 それを聞いた幻無は、少し顔をしかめて返す。 「それは、僕からは決められないよ。そういう選択権は、ネクラが持ってるんだし。」 「それなんだけど、ネクラだけに決断を委ねる必要はないんじゃない?」 「えっ…?」 「あなたもネクラの仲間なんでしょう?これからも一緒にいる気なんでしょう?  だったら、2人で何したいか決めてみない?あなたがネクラに従う側だとしても、  ときどきあなたが主張してみてもいいんじゃない?」 「…って言われても…。」 「今この場で決断しろとか言わないから、ゆっくり考えてみたら?  気持ちが整ってからでいいのよ。早く決断した方がいい、  そうした方がいいことは確かにあるけれど、強引なのはよくないわ。  あなた達は、あなた達のペースで決断して、行動していっていいからね。  あ、でも危険を及すようなのは駄目よ!」 「………。」 エアリーが幻無とネクラの頬を撫でながらそう話した。 エアリーの台詞に、幻無は僅かに涙ぐんで、ネクラの瞳に揺れが現れる。 2人の頬を撫でるエアリーに、シングレースが「あっ。」と声をあげて近寄る。 何かを思い出したのか、少し目を見開いていた。 「どうしたの?シング。」 「ねぇエアリー。そう言えばさ、大聖今頃どうしてるのかしら?  確かあのとき、『後を追いかける!』みたいなこと言ってたけど…。」 シングレースの問いかけに、エアリーも「あっ!」と口を開ける。 今それを思い出したという焦りを見せながらも、すぐに我に返る。 「だっ…、大丈夫よ!大聖は頑固だけど誠実だからさ!  きっと、わたし達を追いかけて帰ってくるわ!  あの暗い美術室のことだって、気付いてくれるわよ!」 「そう…?そうだといいんだけどね。」 シングレースに、すっかり忘れていたことを問われ、ぎこちなく返答する。 無理矢理明るく言った様子は、シングレースに伝わってしまった。 エアリーの様子に、シングレースも微苦笑を浮かべた。 2人が話したそこへ、幻想世界から帰還した者達が向かっている。 別れた者達が、集おうとしている。 『I-02 ゆるし』に続く。