━━━━━エアリーが旅を終えたいと言ったその数日後。 お店の方では改装や清掃が行われ、準備が始まっていた。 これに関わっているのは、エアリーや大聖、そして…幻想世界で初めて関わった者達。 その間は、宮守と井守、プロンジェとシェリーには自分の世界の仲間に、 エアリーのお店の件について話してもらうことにした。 倭国に住む歩目や夜魔、ボレーラからは既にOKを貰っている。 なので、倭国の者達には後のそこへ来てもらうだけでいいということになる。 一方、オクトラーケンの館では………。 『よびかけ』 「━━━━━お嬢様!プロンジェさん!お帰りなさいませ!」 幻想世界と思われた、あの暗い美術室から帰還したプロンジェとシェリーに、 館の住民…プティ、オタリ、そしてクラインは嬉しそうに挨拶をした。 館に帰ってきた3人の姿を見て、何かされたような形跡は残っておらず、 無事に帰ってきたことがわかると…パァッと笑顔をつくる。 最初にプティが駆け付けると、プロンジェも「あぁ、ただいま。」と声をかけ、 シェリーもその場で頭を下げ、スカートの裾を両手で少し持ち上げる。 プティの後から、のそのそとオタリが来れば、クラインもパタパタと走ってくる。 「お帰りなさい、お嬢様。プロンジェ。」 「お、お帰りなさいです!」 「えぇ、ただいま。やっと帰ってこられましたわ。」 迎えるように駆け付けてくれた3人に、プロンジェとシェリーも嬉しそうに笑った。 事件の原因と根源。これで、すべてが解決した。…2人は安堵する。 プティとクラインが2人の足元に抱き着くと、それぞれの頭を撫でる。 4人の様子を見て、オタリが手招きをする。 「これ、嬉しいのはわかるが、まずは2人を休ませんと。  …お嬢様。プロンジェも、話はダイニングでしましょう。  実は、こちらからもお話したことがあるのです。」 「そうですわね。わかりましたわ。」 オタリがプティとクラインを一旦離させ、皆で話そうと提案をすれば、 シェリーも少し困った顔で頷いた。 その隣では…、プロンジェが離れた2人を抱き上げる。 オタリの案内で、4人は一ヶ所に集まって話すことにした。 ………。 「………それで、オタリからお話したいことというのは?」 「そうですね。実は…。」 館のダイニングに皆が集まり、向かい合うようにして座っている。 シェリーが疑問を投げかけると、オタリが口を開く。 すると、オタリはその後話すことはせず、隣に座っているクラインの背中を『ポンッ。』と軽く叩く。 そうされたクラインは、ピクリと身体を震わすと…プロンジェとシェリーの方を見る。 その様は、どこかぎこちなかった。 「ほれ、どうしたクライン。自分で決めたことなんじゃから、自分の口で言わんと…。」 「は、はいですっ!」 「決めたこと?………あっと…。」 背中を押す、そのままの動作とともにオタリはクラインを励ます。 そうされることで、気が引き締まったらしく、クラインはその場で起立する。 これまでの、おどおどした様とは違い、どこかしゃきっとしていた。 オタリのクラインへの台詞を聞いて、プロンジェは気付くも、 オタリが話したように、クライン自らが話した方がいいと口元を抑える。 シェリーは、引き締まったものの緊張しているクラインの言葉をただ待つ。 「あ、あの…お嬢様、プロンジェさんっ。」 「なんでしょう?」 「ワ、ワタシ…ワタシ…。エアリーさんのお店で…、お勉強してみようって思って…。」 皆、この館で頑張ってるのに、ワタシだけ甘えっぱなしです。 今はそれでいいとしても、いつまでも甘えるわけにも…。 ワタシも、み、皆の足を引っ張らないよう頑張らないとです…。 緊張して、顔を強張らせて、目をカッと見開いて。 その声は、まだまだ頼りなかったものの、はっきりとしていた。 起立し、気をつけをしながら言ったクラインを見て、 プロンジェとシェリーは驚いた顔をして、顔を見合わせた。 顔を見合わせたものの、2人は何も返さない。 張りつめ始めた空気に、クラインはやや気まずさを覚え、上がりかけている。 …相手は、同居して親しい間柄の人達なのに。 なんで、こんなにも緊張しているんだろうと自問しつつ、 クラインは自分で自分をフォローする。 「た…確かに武器とかに興味があるって聞かれたらそういうわけじゃないですけどっ…。」 …だが、反って自分に自信を無くしてしまったようだった。 クラインは、顔を俯かせてごにょごにょし出す。 その様子は、思わず心配してしまいようなくらい、頼り無い。 とはいえ、クラインがそう意思を、自らで示したならば。 「…あたくしは、構わなくってよ。」 少し目を細めて、シェリーが静かにそう答えた。 他人の歩もうとしている道には興味はない、という様。 その裏には、他人には好きなことをやりたいだけさせようという気持ち。 ………他者の人生には、首を突っ込めない。 シェリーに返答を聞き、クラインがキョトンとする。 「え?…い、いいですか?」 「あなたがそうお決めになったならば、あたくしは何もおっしゃいませんわ。  ただ…、自分の行動には、ご自身で責任を取ること。  終えるまで投げ出さないこと。よろしいですわね?」 「は…ふぇっ?」 「……お返事は?」 「は…はいですっ!!ありがとうですっ!!」 自分が想像していたより、早くあっさりと答えを返された。 …正直、もっとゴタゴタすると思っていた。 身体から力の抜けたクラインに、シェリーが叱るようにして言った。 それを聞いたクラインはビクリとして再び背筋を伸ばす。 自分のために言ってくれているのだろうが、睨んでいるようにも見えたその様に、 クラインは恐怖を覚えて肯定の返事を返す。 自分で意思を示しておきながら、ここでもし『いいえ』と答えていたなら。 もしかしたら、自分はあの太く長い腕に巻きつかれて殺されていたかもしれない。 主と住民という関係以上に、上位と下位の種族という関係が、 ときには本心に関係なく肯定の意を出させる。 再び気を引き締めたクラインに、シェリーがクスリと笑う。 「どの世界に行っても、このようなことはありますわよ。  興味の有無に関わらず、気を抜くことのないように。  もし向こうで困ったことがあったなら、エアリーに頼ってみては?」 「は、はいですっ!」 シェリーが励ましを兼ねて言うと、クラインも大きく頷いた。 クラインと話すシェリーを見て、プロンジェは微苦笑を浮かべていた。 「お嬢様、クラインを試すようなことをしなくても………。」 「根の気性が気性ですからね。少しばかり、試させてもらいました。」 プロンジェが小声で言うと、シェリーも困った顔で笑った。 その後、今度はプロンジェの方がクラインの方を向く。 「いいんじゃないかな。やってみるといいよ。  あとは、武器に興味があるとかないとか、最初のうちはあまり考えなくていいと思う。  きみはまだ幼いし、理由はどうであれやりたいことをすればいい。  実際に動いていく中で興味のあるモノなんて、いくらでも変わってくるしね。」 「そ…そうですか?」 「あぁ。成功や失敗とか考えずに、なんでも自分で行動していく。  …それだけでも十分じゃないか。行動を起こさないよりはずっといい。」 「………ありがとうです………。」 「行動を起こすだけの勇気が出なくなったら、立ち止まって考えてみるといいよ。  早く行動を起こせとか誰かに言われても、それを急ぐ必要はどこにもない。  すべてがそうとは言えないけど、それにこだわることもよくないからな。」 「………はいです………。」 …そのときは、怒ったり悲しんだりしていいときということなんじゃないかな。 目を細め、小さく微笑みながらプロンジェが話すと、クラインは少し顔を俯かせる。 泣き出しそうになったが、それは怖くなったときとは違う気持ち。 自分は自分のままでいいということ。それでいて、 自分で行動を起こしつつ、困ったら助けを呼んでいいということ。 クラインは、それが嬉しかった。 「ありがとうです…。ワタシ、陸の世界に行って、エアリーさんに話してみるです…!」 「えぇ、行っておいで。」 クラインが小さく、だが強く言うと、皆は笑った━━━━━。 ━━━━━これが、陸の世界。投獄されていた幻想世界とは違う、外の世界。 光も、闇も、空気も、風景も、そして住む者も、何もかもが違う。 皆が改装や掃除に追われる中、プラソンはカウンターのテーブルに座って、その様をぼんやりと見ていた。 展示品を置くスペースで、エアリーと大聖、幻無とネクラ、ソマとバイメンが話をしているが、 その中に加わろうとはせず、ただ見続けている。 「…で、大聖はソマやプラソンと会ったのね。わたしの方は、幻無とネクラの2人に会ったわ。  この2人、飛び抜けた能力と才能を持ってるから、是非役立ててほしいって誘ってみたんだけど。  …あ!勘違いしないでね!才能だけを目当てに誘ったわけじゃないから!」 「大丈夫だ、わかっている。」 「それで、シングは一緒に働きたいって喜んでくれて、2人は返事待ちといったところ。  大聖が連れてきた2人にも、聞いてみたらいいの?」 「あぁ。とはいっても、俺からもお前と一緒に働いてみたらどうだと、軽めに勧めておいたが。」 「軽め?それだったら、もっと強く勧めてくれたってよかったのに…。」 「俺はあくまでお前の相棒だ。お前の意見無しに勝手に勧めるものどうかと思ってな。」 エアリーと大聖が、別行動をしていた際に出会った者達のことを話していた。 ソマとプラソン、幻無とネクラ。そしてバイメン。 改装作業を行いながらも、エアリーとと大聖は密かに彼等の返答を待っている。 なるべく、お店を再開するまでの決めてほしいとは言ったものの、 彼等は決め兼ねているという様子だった。 エアリーが困った顔で少し怒れば、大聖が微苦笑を浮かべた。 何かしらモメている2人の間に、バイメンが入る。 「止めてくれて、連れてきたまではいいものの、後は彼等次第じゃからの。  彼等が穏便に過ごしてくれるなら、わしはそれで構わん。」 「穏便に過ごすとは…。それだけでいいのか?」 「これ、4人にあまり過度な期待をしてはならん。  一触即発な奴等じゃ、余計なプレッシャーになってしまうぞ。」 「うーん…、それもそうか…。」 「あら、お言葉だけど、あたしは別にここに留まってもいいわよ。  どの道、プラソンがここに留まるってなら、あたしもここにいなきゃならないし。」 「ここにいなきゃならない?ソマ…だったわね。あなたは日頃何をしてるの?」 「あたしは、あのドラゴン…プラソンの監視役。ま、言ってみれば看守みたいなもんね。  その役目は、どこで誰といようが捨てられないものよ。」 「え?プラソンが…ドラゴン!?」 バイメンが4人のことをフォローするように言えば、ソマも話の輪に入ってきた。 エアリーが首を傾げながら問うと、ソマは肩腕を振ってそう答えた。 ソマの台詞を聞いて、エアリーが驚愕の顔をするが、大聖が首を左右に振って微笑する。 「大丈夫だ。これからここには、俺は勿論、ソマやバイメンも一緒なんだ。  人間を食うなという約束はしていないが、俺達がなんとかする。  尤も…、そのプラソンも俺がここに来ることを勧めてしまったのだが…。」 「その責任は、あたしらで取らなくちゃ駄目だしねー。…ということでバイメン?」 「なんじゃ?だいたいわかりきっとるが。」 「あんたも最初プラソンに謝罪して説得してた身だしねー。  大聖やあたしがここに来て、あんたが来ないわけにはいかないわよねー?」 「え?じゃあバイメンも一緒にいてくれるの?」 「ん、んんっ…。そうじゃのう…。」 大聖が苦笑しながら言えば、ソマもそれに続くようにニヤリと笑って話した。 話すなり、名前を呼ぶところでバイメンに視線を送る。 そうされると、一瞬バイメンの顔が若干引き攣った。 予想は出来ていたが、そんな不意打ちをしなくても…と小さくため息をつく。 オマケにエアリーにも期待されてしまう、それが追い討ちになった。 ………明らかに、『はい』と言うべき空気になってしまっている。 まぁ…、自分も問題を放り出し、それをエアリーや大聖の解決してもらったという恩はある。 プラソンの脱獄という予測出来ない問題が出たとはいえ、放り出して他人任せにしてしまったのは変わりない。 バイメンは腕を組んで考える。神様が人々の中に紛れ込んで、働いてもいいのかと。 まぁ…大聖のように自分から神だと名乗ればわからない、わかりにくければいいのだが。 それをごまかせるような、飛び抜けた能力は種類は違えど自分にもある。 ………『神様何やってんすか』と言われなければ、大丈夫か。 握り拳を口元に当て、「コホンッ。」と1回咳込んでから決心を話す。 まぁ、神であることがバレさえしなければ、なるようになると楽観的に考える。 「わ、わかった。お前さん達にはいろいろ助けられたからのう。  それの恩返しとして、わしも業務のサポートはしよう!」 「本当っ!?あなたがいれば心強いわ!!ありがとうバイメン!!」 バイメンが胸に拳を当てると、エアリーも嬉しそうな顔をした。 目に見える神様が傍にいてくれるのなら、いろんないいことが起こりそうだ。 それが後にどうなろうと、そんな期待を抱く。 バイメンとソマが決心を示してくれたそのすぐ傍。 1人ぼんやりと座っていたプラソンに、手の空いたシングレースが近づく。 「ちょっとアナタ!」 「…あ?」 シングレースは、自分が何者なのかを知ったうえで近づいてきたのか。 プラソンの正体を気付いているのかいないのか、シングレースは強気な姿勢で話しかける。 プラソンは、そんなシングレースを見て、間抜けな声を上げた。 「さっきからここでずーーーっと座ってるけど、アナタはどうするの?  大聖に勧められたみたいだけど、どうしたいの?」 「や…やめなってシングレース!こいつ、以前僕が話したドラゴンだよ?」 露骨に眉を寄せ、ムッとして話した。挑戦的な姿勢を崩さないシングレースに、幻無が慌てて近寄る。 ネクラも同様に近づくが、幻無程同様はしていなかった。 今のプラソン同様、ネクラもぼんやりとプラソンを見つめている。 自分に話しかけてきた3人を、プラソンもゆっくりと1人1人を見る。 そのうち、白い髪の純人間…に見える幻無は、自分の正体に気付いているらしいが。 幻無がビビった様子で止めるも、シングレースはそれに従わない。 「今更ドラゴンっていうのが何よ!アナタも、ここに来た以上一緒に働いてみなさい!」 「そんな大した根拠もなく…。焼き鳥にされても僕知らないよ?」 「平気よ!いざとなれば、アナタの憑依能力で止めればいいでしょ!」 「それがね、竜や大蛇には、魔法や術、特殊な能力が通じないんだよ。跳ね返されちゃう。  喧嘩売って、もし君に何かあっても僕はプラソンを乗っ取れないんだからね。」 「………へ?」 ━━━━━ちょっと、そんな話聞いたことないわよ………? 「この世界って、異種族同士なら人型同士でも弱肉強食なんでしょ?  僕は、喧嘩売らずに許容範囲で好きなようにさせた方がいいと思うけどなぁ。  下手に喧嘩売ったり逆らったりしたら、バックリだよ。」 「ちょっ…、ちょっと幻無!なんで先にそれを言ってくれないの!?」 「…シングレースが、先にプラソンに話しかけたんじゃない…。」 「ネクラッ!!?そこはアタシをフォローしてよっ!!」 強気…だったものの、幻無からプラソンが何者で、どんな力を持っているのかを聞かされると。 シングレースは、血相を変えて取り乱し、幻無に反論した。 反論したところで何の説得力もない、何も知らないとはいえある意味では無茶な挑戦に、 ネクラが無表情で…、だが声はやや呆れた様子で溜息をついた。 シングレース、幻無、そしてネクラの会話を1人聞いていたプラソンは、ポカンとした。 その後、ニヤリと不敵に笑ってシングレースに話しかける。 「なんでぇ、実際に強ぇヤツかと思ったら、そう見えるだけの強がりか。こう見ると、無知もいいところだな。」 「なっ…!」 …なんだか、馬鹿にされたような気分っ!! 「んで、そっちの2人組は、賢くてもズルいってヤツだな。  気の強ぇヤツの影にこそこそ隠れては、ソイツを盾にして自分を守ろうってか?」 「んあっ!!?」 シングレースのために言ったことなのに、逆に嫌な奴に見られたっ!? …先日、シェリーに言われたことが響くわね…。 シングレースと幻無は、気付いていない。 一方、ネクラは気付いているらしく、無表情で淡々とした様子を貫いている。 シングレースと幻無が怒ってプラソンに突っかかろうとしたとき、ネクラに背後から服を掴まれた。 振り向くと、ネクラは2人に首を左右に振る。 プラソンは、ニヤニヤをやめない。 「………こりゃ、意外といいかもな。」 『ピクッ。』 何気なく呟いたそれは、煽りを狙っているような台詞。 またも挑発的な台詞に反応するが、ネクラが首を振り続けた。 これは、一緒にいたらいたらで大変そうだ………。 再会まで、あと数日。 話し合いつつ、最終仕上げに取り掛かる。 『I-04 しゅうけつ』に続く。